「3度目の小泉訪朝の予定はない」
衆議院拉致問題特別委員会(2006年5月10日)


 拉致問題は、横田めぐみさんの夫が1978年に拉致された韓国人、金英男さんであることが判明したことから日韓の被害者家族同士の提携が顕著となっているが、肝心の日朝交渉は止まったままだ。 日本政府は事態をどう打開するのか、拉致問題の現状に関する2006年5月10日の衆議院拉致問題特別委員会での質疑応答を掲載する。

 答弁者は麻生太郎外相、安倍晋三官房長官、山中あき子外務大臣政務官、小林武仁警察庁警備局長。(肩書は当時)

           
●「拉致問題をG8の議題にさせる」


              
△松原仁議員(民主党)


 −−小泉総理の拉致問題に対する冷淡な態度というものが、問題解決を極めて困難にしている。小泉さんは何かアクションを取っているのか?

 安倍官房長官:今回のブッシュ大統領との面談、あるいは議会での証言等について、政府としても働きかけを、私も行ったし、働きかけを行うことについて総理の了解、指示もいただいた。

 −−今回、米国の公聴会に被害者家族の会の方々も行かれ、サミットの議題として提案しようという話があった。このことについて日本としてはどう対応するのか?

 安倍官房長官:先月、拉致被害者家族会等の皆様が訪米をし、下院公聴会において証言を行った際に人権小委員会委員長であるスミス下院議員より、拉致問題をG8サミットの国際的な場で取り上げるべきだという発言があった。日本政府としても対話と圧力の基本方針のもと、米国を初め世界各国との連携を一層強化し、G8サミットにおいてもこの問題を取り上げるように議長国ロシアへの働きかけを含む外交努力を尽くしていく考えだ。

 −−外務大臣はこの連休中にライス国務長官、チェイニ−副大統領と会っている。北朝鮮に対する経済制裁の発動も辞さない、と外相は言ったのでは。会談の中身の話を聞きたい。

 麻生外相:4月30日にチェイニ−副大統領、翌日にライス国務長官に会った。そのときに私の方から米政府並びに議会関係者に対して、今回の公聴会のセット並びに大統領への面会等に対していろいろ力を貸してくれたことに御礼を述べた。私どもとしては、今回のブッシュ大統領との会見、面談、それが放映されて、世界にオンエアされるということは極めて大きな圧力になったと思う。私の方から、この場において、特に経済制裁を発動するということを述べたことはない。

            
●「生存していると思っている」


              
△北橋健治議員(民主党)


 −−日朝協議の今後の見通しについて聞きたい。具体的に北朝鮮がどういうことをすることが誠意ある姿勢だと考えているのか。それを含めて、第2回の包括協議の見通しを聞 きたい。

 麻生外相:現在のところ、誠意ある対応等々、北朝鮮側に対応の兆しというものを感じられないし、従って、次回協議開催の見通しも今現在たってない。政府としては引き続きこれまでどおり対話と圧力を基本に進めていく。拉致問題については、基本的に三つである。生存している、私どもはそう思っている。拉致をされた方々は死亡ではなく生存しているという前提に立っているので、生存者の即時帰国。二番目は、真相究明、そして、拉致をしたと思われる容疑者の引渡し。この3点を強く求めていく。この3点が基本だ。これからもこの3点を基本として対話と圧力という形で継続していかなければならないと思っている。

 −−政府は、経済制裁は最終的なツ−ルであると答弁している。それまでの間、いろいろさまざまな圧力があり、情報収集と併せてもう一つ、法執行チ−ムというところで作業をかなり突っ込んで行っている。現在ある関係法令のもとで、圧力につながっていくような具体的な措置のあり方について検討されていると聞いているが、検討項目とは何か?

 安倍官房長官:北朝鮮に対しては対話と圧力の姿勢で臨んでいる。その一環として、本年3月13日に開催された拉致問題特別チ−ムにおいて、拉致問題を解決する必要な情報の共有、分析を図ることを目的とする情報収集会議及び厳格な法執行を通じ北朝鮮に圧力をかけていくことを目的とする法執行班を設置した。その中において、これをやっている、あるいはこれをやるということを今言うと、それに対応、対抗もする措置がなされる可能性もあるので、その中身については一々ここで公表するのは差し控えたい。

 −−まだ実行していない項目があるのか?

 安倍官房長官:幾つかの項目については既に実行している。かなり効果を挙げていると認識している。さらにまだまだ我々としては、検討している項目もある。これから実行することも可能な項目もあるのではないかと考えている。

 −−一体、いつまでこういう状況を続けるのか?今年9月に自由民主党総裁選があって新内閣が発足する。最後通告という形で北朝鮮側に日本の意図を伝える必要はないのか、今年秋までに総理あるいは主要閣僚が訪朝、あるいは向こうのトップと会って、一体いつまでこういう状態を続けていくのか?やはり、そういう政治的判断はこの小泉内閣においてされるべきではないのか?

 安倍官房長官:北朝鮮において、この問題を解決しなければ北朝鮮の未来はない、北朝鮮が抱えている経済的な困難、食料の問題、こうした問題を解決するためにはこの拉致問題を解決しなければいけない、あるいはこの問題を解決しなければ事態はもっと悪くなっていくということをしっかりと認識させなければ、なかなかこの問題の解決は難しいと思う。要は、金正日委員長以下、北朝鮮の体制が、この拉致について政策を変えて、すべてをしっかりと解決していくという判断がなさらなければならない。そのためには、我々は、しっかりと、今の段階では圧力をかけながら、対話によっても最終的に解決を図らなければならない。このバランスが大切だ。我々としては、さらにこの国際的な圧力、包囲網をしっかりと構築しながら、北朝鮮にこの拉致問題を解決しなければ結局、北朝鮮という国自体がなかなか立ち行かなくなるというふうにこれを認識させるためにさらに全力を挙げていきたい。

 −−小泉総理の訪朝の予定はないということか?

 麻生外相:現時点において、総理、閣僚の訪朝予定はない。

           
●「拉致被害者は人質としてとられている」


              
△西村智奈美議員(民主党)


 −−意気込みは大変結構だが、今後、何を米政府に対してどういうふうに働きかけていくのか?6月には日米首脳会談も予定されているが、そこに向けての具体的な内容について聞きたい。

 麻生外相:相手のある話ですから、どれが最も効果的かというのは、なかなかこちら側からではわからない。国際的には、アブダクション(拉致)という言葉が正式に国連総会に残ったというのは初めてのことである。テレビにブッシュ大統領が横田早紀江さんと並んで出たのも大きな圧力になったのも確かだ。いずれの場合も、北朝鮮側からの反応は翌日出てくる反応が今日に至までゼロというのは、明らかにその効果が大きかったということを証左していると私どもはそう思っている。経済制裁等々いろいろあるが、私どもとしては、少なくとも、そこに人質という形になっていて、拉致された方々が生きたまま帰還されるということが、私どもにとっては置かれている非常に大きな命題であるので、私どものやれる程度というのは自ずとある程度限定されているということも理解していただきたい。

 −−拉致問題に関する総理の姿勢がいささか消極的ではないのか?4月18日に、自らの任期中の解決には必ずしもこだわらないとか、次の訪朝も検討していないというようことを言っていた。私はもう一度、総理の積極的な解決に向けての行動、これは必要ではないかと思う。

 安倍官房長官:私はむしろ、北朝鮮にとってこそ、小泉総理の任期中にこの問題を解決をして、日朝国交正常化をして、国を建て直していく、そのチャンスがこの任期中にあるのだろうと、北朝鮮にそう考えるべきではないかと思っている。我々も、一日も早くこの問題を解決しなければならない、こう考えているが、しかし、この問題の解決というのは、すべての拉致被害者が帰国するということであって、それ以外に私たちは一切妥協する考えはない。すべての拉致被害者の帰国をもってこの問題は解決するわけだ。総理が訪朝することによってすべての拉致被害者が帰国するのであれば、当然、それは総理も直ちに訪朝を考えるのだろうと思うわけだが、北朝鮮は、現段階ではそのように政策を思い切って変えていくという決断をしていない。

              
△小野寺五典議員(自民党)


 −−金英男さんのお母さんが5月27日に日本を訪れ、28日に予定されている日本の拉致被害者家族の皆さんの集会に参加されるというふうに伺っている。日本滞在中にはめぐみさんら両親らの拉致被害者関係者との面談、それからいろいろな予定があるというふうに伺っている。日本政府としては何らかの対応をする考えがあるのか?

 安倍官房長官:私も、他の国々、例えばタイの被害者のご家族が来日をされた際にも会っているわけで、金英男さんのお母様である崔桂月さんが今月下旬に訪日される際にも政府を代表して29日に会う予定である。そして、その結果は総理にも報告したい。国際社会においてしっかりと被害に遇った国々が連携をしていくことが重要ではないか、このように考えている。

 −−実は、先般、5月1日、2日、ワシントンで米政府の政策責任者と話をする機会があった。マカオの銀行バンコ・デルタ・アジアについては、資金の凍結ということ、これは大きな問題ということで報道されている。この銀行の資産の凍結にあたっては、実は資料も一緒に押収しているようだ。約90箱の資料の中に数千枚の資料が実は押収物件としてあって、現在これを分析しているところのようだ。今年の夏の終わり頃には全体像が掴めるのではないかということだが、現段階で確証を得ているという内容として、北朝鮮による政府が関与した偽札づくりの証拠を掴んでいる。それからマネ−ロンダリングの金融機関であるが、これが中国そしてロシアの銀行にも広がっている、この確証を掴んでいることを明確に話されていた。日本政府としては何らかの情報を得ているのか?あるいは情報の共有をしているのか?

 麻生外相:日本としても、これは資金洗浄という明らかに不法活動、金融取り締まりの違反であるので、法令というものに則ってきちんと対応するというのが基本的な立場だ。これは金融庁等も同じだ。さらに、この不法活動に対して、これは国際的にもっとやっていかなければならないと思うので、関係各国、これは特に金融機関というものを主に扱っているヨ−ロッパ関係もそうだが、こういったところも含めていわゆる決裁ができないということは商売をいろいろやっていく意味で非常に大きな不便というか、非常に不都合を感じさせるものである。これは大きな圧力になると思う。そういった意味で、緊密に意見交換等々をやっていかなければならぬということで、これは米国とはかなり連絡ができている。

 −−小泉総理退陣までの間に、少しでも明るい光でも見えてくるような努力をすべきだ が、最後に政府の決意を聞きたい。

 麻生外相:二度にわたる訪朝の結果、間違いなく、日本人拉致を認めて謝罪させ、加えて8名のいわゆる拉致被害者の帰国の実現等々、大きな成果だった。少なくとも、これまで何かうやむやになっていた部分がものすごくはっきりしている。しかしながら、わかっているだけでも被害者11名の帰国はいまだ実現していない。拉致問題というのは、明らかに、日本という国の国家の主権と、いわゆる国民の生命財産といったものに直接関わる重大な問題なので、政府としては、一日も早い解決に向けて最大限に努力していく。

         
 ●「認定された11件16人以外も調査中」


              
△稲田朋美議員(自民党)


 −−警察庁に聞きたい。警察の発表では、北朝鮮による日本人拉致被害者事案については11件16人ということだが、実際にはもっと多いと言われている。警察は拉致被害者の数をどの程度と推定されているのか?

 小林武仁警備局長:警察がこれまで判断した拉致容疑事案は11件16人である。これら事案以外にも北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案があると見られることから現在、鋭意捜査、調査を行っているところだ。また、北朝鮮による拉致事案ではないかとの告訴、告発、これが36件40名を受理し、現在、所要の捜査を実施している。さらに拉致の可能性が否定できないとされる9百件以上の届け出、相談に対しても、ご家族や関係者の心情に配慮しつつ、所要の捜査、調査を行っているところである。そうした中で、11件16名以外にもこうした事案があると判断に至れば、警察としても、そのものを適時適切に明らかにしていく所存だ。

 −−拉致の可能性があると申し出がある9百件のうち、一体何件程度がその可能性が高いというふうに認識されているのか?

 小林武仁警備局長:警察がこれまでに判断した11件16名以外の北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案、所要の捜査をしているところであるが、こうした事案については、これまで押集した証拠や事実によっては、北朝鮮による拉致容疑事案であると現在のところ判断するには至っていない。公表はしていないこところである。

 −−では、相当程度あるというふうに伺っておく。3月8日の国会答弁で、特定失踪者34名のリストを北朝鮮に渡したと外務大臣が答えていたが、いつ、どのような機会に、どういった趣旨で、どのようなリストを渡し、また、その後のリストについてどういった進展になっているのか?

 山中政務官:これまでも累次の日朝の会議において認定されている方々以外の可能性についても北朝鮮側に対して情報提供を求めてきた。昨年11月の日朝政府間協議においても特定失踪者問題調査会によって、拉致された疑いが濃いとされているいわゆる千番台リストの掲載者も含む30数名のリストを我が方より北朝鮮側に伝達した。その上で、北朝鮮への入境の有無あるいは入境していた場合の生活状況などについて調査をするようにということを求めている。情報があれば提供するよう求めている。今年の2月の日朝包括並行協議において、我が方より当該リストを再度提示している。改めて関連情報の提供を求めた。これに対して、北朝鮮側は、我が方から関連の情報があれば、それらの者の調査を行う旨回答した。こうしたやりとりを踏まえて、3月31日、北京の大使館ル−トを通じて特定失踪者問題調査会のホ−ムペ−ジに掲載されている情報あるいは既に公表されている情報などを集めて、北朝鮮側に提供した。北朝鮮側から回答はなかったものの、本国にきちんと伝達する旨の回答を得ている。◆