2010年7月31日(土)

「文春」の「めぐみさんは南米にいる!」

 発売中の「週刊文春」(8月5日号)に「警視庁極秘ファイル 横田めぐみさんは“南米にいた”!」との見出しの記事が出ていた。

 記事は4ページから成っていた。ページ数からして随分と力を入れていることがわかる。また、「南米にいた」との見出しには「!」と断定マークが付いていた。お決まりの「?」マークはなかった。よほど自信があるのだろう。

 同誌の生存の根拠は韓国の「国家情報院」が「唯一、信頼に値する」と判断する未公開情報に基づいている。その情報をざっと整理すると、

 @ペルーを始めとする中南米各国を日本のパスポートを所持した一組の夫婦が頻繁に行き来している。この夫婦は偽造パスポートを行使していた。

 Aこの夫婦が中米で探知されたのは、約8年前である。

 B国家情報院が入手したこの夫婦を撮影した防犯カメラの映像の分析の結果、偽造夫婦で、女性のほうは横田めぐみさんである。

 C断定の根拠は、「偽装夫婦」の「妻」の顔が、北朝鮮から日本の外務省に渡された成人後の写真に写る横田めぐみさんと顔貌形態学的に酷似しているからである。

 D「夫」は、「横田めぐみさんの娘だとされるキム・ヘギョンさんが掲げた『父親』(韓国人拉致被害者の金英男(キム・ヨンナム)の写真とは別人であった。

 結論として、国家情報院は「めぐみさんは工作員である『夫』と共に、「北朝鮮の諜報活動に利用されていた可能性が高い」と判断している、と同誌は書いている。

 「文春」の記事は国家情報院が日本側に提出したとされる資料に基づくものでなく、国家情報院関係者の証言として綴られていた。

 この国家情報院関係者は「文春」に「横田めぐみさんが生存している可能性が高い。しかし、あまりにも深い秘密を知っているからこそ、絶対に表に出せない。だから、死亡の発表をせざるを得なかったのではないか」との独自の分析を披露していた。

 この種の「説」は今に始まったことではない。以前から囁かれていたことだ。と言うのも、「めぐみさんは生存」との前提に立った場合、この説はそれなりに説得力を持つからだ。

 国情院の情報は、数年前に、防犯カメラの映像とともに夫婦の人着(顔かたち、背格好や服装)に関するデーターと共に文書で日本の外務省と警察庁にも提供されているとのことだ。文書の表題には「直派日本人夫婦偽造間諜」と記されていたそうだ。

 しかし、幾つか疑問が浮かぶ。

 数年前に日本の外務省と警察庁にこの情報がもたらされているならば、なぜ、今日まで割り出せないのだろう?この夫婦が間違いなく偽造パスポート(日本のパスポート)を使用していたならば、日本はペルーとは外交関係があるわけだから、このパスポートの特定はそんなに難しいことではないはずだ。

 まして、国情院が「偽造パスポートであった」と特定しているならば、それを突き止めた韓国はその根拠を日本側にも提出しているずなのにである。

 さらに、写真を付き合わせた結果、「めぐみさんである」と断定したとのことだが、そのことも気になる。

 北朝鮮から日本の外務省に提出された横田めぐみさん(1964年生)の写真は、結婚(1986年8月)直前に撮られた1984〜85年(20〜21歳)の頃の写真だ。

 仮にめぐみさんが8年前に北朝鮮の工作員と共にペルーに現れたのが事実ならば、小泉総理が訪朝した2002年の年である。この年、めぐみさんはすでに38歳になっている。

 女性の容姿は17〜18年も経てば随分と変わる。17〜18年前の写真を持って防犯カメラに映っている人物と同一人物と見極めることは容易なことではない。それでも「顔貌形態学的に酷似していると断定した」ならば、防犯カメラの映像はよほど鮮明に映っているのだろう。

 それにもかかわらず「残念ながら、現在、この情報を検証するだけの傍証は乏しい」と言うのはなんとも解せない。この映像を日本の警察が横田めぐみさんの両親に見せたというわけでもない。

 「文春」はヘギョンさんを「横田めぐみさんの娘だとされる」と書いているが、ヘギョンさんは100%、めぐみさんの娘である。そのことは、めぐみさんの夫である韓国人拉致被害者の金英男さんの韓国にいるお母さんと、めぐみさんの両親とのDNA鑑定の結果で判明しており、めぐみさんの両親も孫であることを認知している。

 「される」と書いているところをみると、「もしかしたら違うのでは」との先入観によるもので、それもこれも、ペルーに現れた夫婦の夫が、金英男さんとは別人であることを強調したかったのではないだろうか。

 「文春」は、「現在、この情報を検証するだけの傍証はない」としながら、めぐみさんが「南米にいた!」との断定見出しを掲載したわけだ。藁にすがりたい思いのめぐみさんの両親もおそらく買って読んだと思う。どう思ったのか、今度会ったら、感想を聞いてみようと思う。

 それにしても、拉致問題が脚光を浴びると、どういう訳かこの種の記事が登場する。それまでは、全く皆無だったのに、不思議な現象だ。

 最近では2年前の「週刊現代」(2008年1月19日号)の「ロシア外交当局幹部が証言『横田めぐみは確実に生きている』との記事が印象に残っている。その記事には以下のようなことが書かれてあった。

 「今回の調査の結果、めぐみさんはいまだに、01年に移住させられた場所で暮らしていることがほぼ確認できた。そこは隔離された一軒家で、彼女は軟禁状態に置かれた形で一人暮らしをしている」

 少なくともめぐみさんは2001年から2008年まで「隔離された一軒家で軟禁状態のまま1人で暮らしていた」ことになっているが、「文春」では2002年にペルーに出没したことになっている。

 次いでに「拉致の百科事典」と称された安明進(アン・ミョンジン)元工作員が2005年3月に来日した際の発言も紹介しておこう。

 「めぐみさんは金正日(総書記)と直接関係する場所にいる。これは、韓国情報機関からの情報で間違いないと思う。めぐみさんが金正日の側にいるとの情報は2002年10月から2003年初にかけて韓国情報機関でも認定された事実である。金正日の後継者に日本語教育をしているはずだ。後継者問題や体制の将来についてめぐみさんはあまりにも知り過ぎてしまった。そんな女性を北朝鮮が手放すはずはない」

 相反する三者三様の「説」、どれもこれも裏の取りようがない。