2009年9月8日(火)

騒がれ始めた民主党政権下での拉致問題の対応

 民主党政権に北朝鮮が対話攻勢をかけてくるのではとの記事が産経新聞(5日付)と毎日新聞(6日付)に一日置きで掲載されていた。今朝の朝日新聞(8日付)にも同様の記事が載っていた。

 記事の内容だが、「北朝鮮が朝鮮総連を通じて民主党を攻略するよう支持を出した」との「産経」の記事はさておき、毎日(「外務省 北朝鮮の対話攻勢を警戒 新政権に難題」)と「朝日」(「対北朝鮮 民主定まらず 対話派と圧力が混在」)は似たような内容になっていた。まず、「毎日」の記事だが、

 「日本で政権交代が実現するのを受け、外務省は『北朝鮮が近く拉致問題の再調査開始を申し入れてくる』との見方を強めている。米国や韓国に対する8月来の『対話攻勢』を、対北強硬路線の麻生政権が退く日本にも仕掛けてくる、と見ているためだ。しかし、北朝鮮は合意済みの「一部制裁解除」以上(食糧支援など)の見返りを求める可能性もある。安易な譲歩は批判を招きかねず、新政権は発足直後から厳しい判断を迫られる」と冒頭に書かれていた。

 「北朝鮮が対話を求めてくる可能性」については異論のないところ。問題は「一部制裁解除以上」の見返りを北朝鮮が要求した場合は、「安易な譲歩は批判を招きかねない」との指摘だ。「一部制裁解除以上の見返り」とはどうやら食糧支援のことらしい。

 北朝鮮が公式にも非公式にも、また第三者を通じて日本側に食糧支援を打診したとの話は聞いたことはない。「求めてくる可能性」を想定した上での話のようだが、求めてくれば、拒否すれば済む話だ。「厳しい判断を迫られる」ような類の話ではない。理由は簡単だ。食糧支援は昨年の日朝合意事項には含まれていないからだ。

 要は、仮に北朝鮮が再調査の開始に応じると言ってきた場合、日朝合意で決まった一部制裁(@人的往来の規制解除Aチャーター便の規制解除B人道支援物資輸送目的の北朝鮮船舶の入港の容認)の解除に応じるのか、「厳しい判断を迫られる」のはこの一点に尽きる。

 「毎日」は「外務省幹部は『政権交代を機に、対話攻勢を日本にも広げる』と予測する。北朝鮮にとり、日本の制裁が緩めば国際社会の包囲網を崩したことになるからだ」と書いている。そうだとすれば、一部制裁解除を約束した日朝合意の履行だけでも、「国際社会の包囲網を崩した」ことにはならないのだろうか。

 「北朝鮮が再調査の条件に食糧支援上積みなどを求めてきた場合、新政権は難しい判断を迫られる。日本が譲歩しても、北朝鮮が効果的な再調査をする確証はない。成果がなければ、批判は日本政府に向く」との指摘はそのとおりだ。

 しかし、そうした懸念やリスクは今に始まったことではない。日朝合意を交わした時から国会でも審議されてきたことだ。自民党政権はそうしたリスクを覚悟の上で、北朝鮮と合意を交わし、北朝鮮に再調査を早くやるよう突っついてきたのではないだろうか。「朝日」の記事も合点が行かない。

 「北朝鮮はクリントン元大統領の訪朝を受け入れなど、米韓に対話攻勢をかけるが、核問題に関する姿勢に変化はない。このため日米韓は北朝鮮の制裁を着実に実行するという基本方針を変えていない。政権交代で日本だけが方針を変えれば、対北朝鮮包囲網の足並みを乱すことにもなりかねない」と書いているが、「政権交代で日本だけが方針を変えれば」が何を意味しているのか、よくわからない。

 仮に民主党政権が日朝合意を履行することが、対北朝鮮包囲網の足並みを乱すことになるならば、交渉による拉致問題の進展など望める筈はない。

 麻生政権も、被害者家族の会も、北朝鮮に対して安否不明の拉致被害者の再調査を応じるよう迫ってきたのは周知の事実。麻生総理は3月に「本当に再調査すれば、我々としてはそのとおり実行する」と述べ、制裁の緩和を示唆していた。

 しかし、「制裁を解除すれば、対北朝鮮包囲網の足並みを乱すことになる」のならば、日朝合意の履行は「対北朝鮮包囲網の足並みを乱す」ことになるとの結論に達する。ということは、国連の制裁が解除されない限り、日本は身動きが取れないことになる。

 そもそも「朝日」も「毎日」も昨年8月の日朝合意が3年前に採択された国連制裁決議(1718号)が継続中に交わされた事実を忘れるべきではない。仮に「朝日」の解釈に立てば、昨年北朝鮮が速やかに再調査を実施していれば、日本はとっくに国際社会の包囲網を破っていたことになるではないか。

 日本の一部制裁解除(@人的往来の規制解除Aチャーター便の規制解除B人道支援物資輸送目的の北朝鮮船舶の入港の容認)が国際社会の包囲網を破ることになるならば、昨年12月以来閉鎖されていた開城の南北経済協力協議事務所の再稼動に、昨年5月以降断絶していた黄海地区の南北間軍通信網の正常化に、昨年12月以来断行していた南北陸路通行制限措置の解除に、そして京義線の陸路通行の正常化に、さらには日本海側の金剛山地区への通行の正常化に同意した韓国の一連の措置も「対北朝鮮包囲網の足並みを乱す」ことにはなる。

 韓国はこれら一連の措置は今年6月の国連安保理の制裁決議(1874)に違反していないとの認識だ。同様に日本が日朝合意で同意した往来の解除も国連の制裁決議には何ら抵触しない。国連の制裁決議は、人的往来は禁じていないからだ。

 「朝日」の記事は「外務省では、北朝鮮が新政権発足後、日本に対して拉致問題などで新たな提案をし、揺さぶってくるのではとの警戒感がある。『釣り球にひっかからないようにしないといけない』(幹部)などと、慎重な対応をすべきだとの声も上がっている」と書いているが、「慎重な対応をすべきだとの声が上がっている」で締めくくった「朝日」の記事と「交渉にはきっかけが必要だ。今、北朝鮮側にも動きが出ている。動きのあるときは交渉のチャンスだと思う」と、民主党への政権交代が膠着状態となっている日朝協議の打開につながればと期待寄せている横田滋さんら拉致被害者家族の切実な声とのギャップに正直違和感を覚えざるを得ない。