2009年9月5日(土)

民主党政権で北朝鮮外交は変わるか

 北京で楊潔簾外相及び6か国協議の議長である武大偉外務次官と会談した米国のスチーブン・ボズワース北朝鮮担当特別代表は4日にソウルに立ち寄り、韓国側と意見調整を行なったうえで、民主党政権発足前の6日に来日し、鳩山由紀夫代表ら民主党執行部と意見交換する。

 ボズワース特別代表の日韓中歴訪についてキャンベル国務次官補は「現在、米国は韓国と日本、中国など当事国との間で北朝鮮の核問題の進展のための案を提示する初期の段階にあり、特に日本の場合、新政府が北朝鮮の核問題と6者会談に関する立場を整理できるよう時間を与えるべきである」と語っていた。この時期のボズワースの訪日は、オバマ政権が検討している6か国協議前の米朝対話及び核放棄見返りへの包括的提案への民主党の考えを見極め、意見調整することにある。

 ボズワース氏に入れ替わって7日からは武大偉外務次官が4日間の日程で来日する。狙いはボズワース氏と同じだ。先月(8月)中旬に訪朝し、6か国協議の北朝鮮側の首席代表、金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官と会談した武外務次官の鳩山次期政権への提言が注目されるが、中国はすでに、崔天凱駐日大使が鳩山由紀夫代表と党本部で6月3日に会談した際「対話を通じて交渉していかなくてはならない。強硬に出ればいいという問題ではない」と述べ、自民党政権がこれまでとってきた圧力・制裁路線から対話路線にシフトするよう要請していた。

 米中両国が足並みを揃えて新政権の北朝鮮問題への対応に着目していることは、裏を返せば、自民党政権の従来の北朝鮮政策とは異なった新たな政策、アプローチを秘かに期待しているほかならない。このことを暗示したのが、「DMZ(非武装地帯)平和フォーラム」国際シンポジウム出席のため訪韓した米下院アジア太平洋環境小委員会のファレルオマベ委員長の9月2日の記者会見での発言だ。

 同委員長は「朝鮮半島問題のため国際社会は6者会談をしているが、南北朝鮮と米中の4か国に狭めて交渉を導く必要がある。米中は交渉の中心となる韓国と北朝鮮に最も影響を持つ国だからである。日本は拉致問題など朝鮮半島問題と直接関連のないイシュを主張しているので、むしろ交渉テーブルがより複雑になる傾向がある」と、日本がこれ以上拉致問題に拘るならば6か国協議から4か国協議への転換の必要性を説いていた。

 仮に米中両国が政権交代を機に日本に核問題の解決を最優先するよう求めてきた場合、あるいは、核問題解決のために日本を除外した4か国協議を求めてきた場合、民主党は新たな選択を強いられることになる。これまでのように「拉致最優先政策」を固持するのか、それとも、拉致問題を切り離し、日朝直接協議の場で解決を目指すのか、重大な岐路に立たされることになる。

 拉致問題を含む日朝懸案を解決するには民主党が新たに単独で北朝鮮との間に太いパイプを構築しなければならない。朝鮮半島問題研究会議員連盟の川上義博事務局長の個人的なルートを通じて北朝鮮との間には接点はあるが、拉致問題解決のための信頼関係を構築するまでにはいたっていない。

 次期幹事長の小沢一郎代表代行は日中関係がぎくしゃくしていた06年、民放の番組で、「信頼関係があれば話し合いができる。話し合いが続けられれば、相互理解が深まり、妥協点が見つかる。妥協点が見つかれば、両国どちらにも受け入れられるウィウィンの結果が得られる」と、信頼関係構築の必要性を説いたことがあった。信頼関係を深めるためには必然的に9年間閉ざされていた交流を再開させなければならない。

 民主党と北朝鮮の関係を辿ると、結党から2年後の1998年2月に初めて海江田万里党国際交流委員長を団長に小規模の代表団を派遣している。受け入れ先は、朝日親善協会だったが、対日担当の金容淳(キム・ヨンスン)書記との会談は実現せず、宋浩景(ソン・ギョンホ)党国際部長が応対した。

 翌年の2000年12月には伊藤英成衆議院議員を団長に6人から成る代表団が訪朝したが、カウンターパートナーはまたもや宋部長で、アジア太平洋平和委員会委員長を兼ねていた金容淳書記とは会えずじまいだった。北朝鮮が政権与党である自民党との差別化をはかったことで、野党外交の限界を露呈させることとなった。

 この時の会談で、民主党からは市民グループが計画しているスポーツ、文化事業を通じた相互交流などの提案が、また朝鮮労働党からは民主党との交流を深める提案があったが、2002年9月の小泉・金正日会談で北朝鮮が日本人拉致を認めたことで、反北世論が一気に高まり、その結果、一度も交流が行なわれないまま、労働党との関係は断絶してしまった。1999年に党内に設置された北朝鮮との交流、国交正常化を目指した「朝鮮問題小委員会」も自然消滅してしまった。代わって、拉致問題の調査会が設置され、委員長には伊藤英成議員が就任するなど北朝鮮政策は180度転換した。

 民主党結党後、歴代執行部(代表・幹事長)は今日まで誰一人訪朝していない。北朝鮮との交流には関心はなく、党の活動方針に韓国と中国との交流は盛り込まれても、北朝鮮に関する言及はない。「拉致問題の解決なくして、国交正常化はない」との歴代の自民党政権の方針を基本的に支持しているためだ。

 民主党は国会の場で拉致やミサイル問題、朝銀問題等を激しく追及するなど、北朝鮮に対するスタンスは自民党よりもむしろ強硬だ。脱北者らを日本に招き、国会で証言をさせたのも民主党である。また「北朝鮮人権侵害救済法案」の成立を選挙公約に盛り込み、北朝鮮へのカネとモノの流出を防ぐため「改正外為法」や「特定船舶入港禁止特別措置法」の成立、発動をどの党よりも率先して提唱し、実現させてきた。今回の衆議院選挙のマニフェストでも核問題では「国連安保理決議に基づき貨物検査を実施し、北朝鮮に対する追加制裁を含む断固たる措置を取る」と、自民党の従来の政策を踏襲している。

 民主党は、政権党となった今、当然のこと、拉致や核問題などで政府を追及する側から解決する側に身を置くことになる。

 衆議院選の大敗後、河村建夫官房長官は拉致被害者家族会に対して「結果として(麻生政権下で)解決ができなかったことは申し訳ない」と謝罪していたが、拉致問題の解決は今後、鳩山政権の手に委ねられ、民主党が全面的に責任を負うことになる。

 民主党は選挙のマニフェストで拉致問題について「我が国への主権侵害でもあり重大な人権侵害であるので、国家の責任のもと解決に向けて全力を尽くす」と決意表明はしている。が、肝心の解決のための方策は示されていない。

 北朝鮮問題をめぐっては民主党内には中井洽党拉致問題対策本部長ら拉致議連グループと石井一顧問らの「朝鮮半島問題研究会議連」が混在している。前者は全面制裁など圧力の重視を、後者は対話の重要性を強調している。双方は同床異夢というか、水と油の関係にある。

 社民党との安全保障政策の違いよりもより深刻な対立を内部に抱える民主党政権が自民党政権下で解決できなかった拉致問題を進展させることができるかは、鳩山次期総理の政治手腕にかかっていると言っても過言ではない。