2008年7月13日(日)

「金剛山観光客射殺事件」をどうみるか

 北朝鮮の金剛山で韓国人女性が北朝鮮兵士に射殺された事件は改めて北朝鮮に「異常なし」との印象を与えた。「異常なし」という意味は、韓国人は北朝鮮に対して精神的に武装解除しているが、北朝鮮は韓国に対して依然として警戒心を解いていないという意味だ。

 韓国側は女性が観光統制区域から外れ、北朝鮮の軍事保護区域に誤って入ってしまった落ち度があったにせよ、「射殺することはない」と北朝鮮警備兵の過剰反応を批判している。

 過剰反応の根拠としては、北朝鮮の発表通り、被害者が警備兵の制止を聞かず、逃走したとしても視界的に韓国人観光客であることが明白であった、それも武装していない普通の女性であることが目視できたはずで、従って発砲せずに身柄を拘束するとか、あるいは軍事保護施設から追い出すような措置を取って然るべきであったというもの。

 また、北朝鮮の発表では、警備兵は、警告射撃を空に向かって一発発射したうえで、女性を撃ったと言っているが、被害者の遺体からは背後から背中と足を撃たれたことが検視の結果、確認されている。ということは、威嚇射撃を含め3発撃ったことになる。しかし、その時間帯に現場近くにいた他の韓国人旅行者は「銃声は2発しか聞こえなかった」と韓国のマスコミに証言している。これが事実ならば、警告射撃をしたという北朝鮮の発表は嘘で、明らかに「非道な行為」というのが韓国側の主張だ。まして、2発とも命中していることから、至近距離から撃った可能性も取り沙汰されている。

 韓国のメディアはまた、女性がホテルを出て銃撃されるまで約30分の間に軍事保護区域までの距離を含めて4.8キロも移動したのかどうかも含めて北朝鮮の発表そのものを疑問視している。女性が、統制区域のフェンスを越えて、北朝鮮の軍事警戒区域に1.2kmも奥深く入ったのは俄かに信じ難いとの主張だ。

 事態を重く見た韓国政府は北朝鮮に真相究明を求める一方で、韓国調査団の早期受け入れを要求しているが、北朝鮮は昨日、金剛山事業を担当する「名勝地総合開発指導局」の名によってこの要求を一蹴した。北朝鮮は女性の死亡を「遺憾」としつつ、「責任はすべて韓国側にある」と、逆に韓国側の対応を非難している。いつものパターンの南北の応酬だ。

 北朝鮮の対応をみる限り、韓国調査団の受け入れも、南北合同調査団による真相究明も実現不可能だろう。北朝鮮の軍事地域内で韓国側が調査をやれるような軍事的信頼関係がないからだ。従って、現在、金剛山観光事業の韓国側窓口の現代峨山の社長一行が入って、北朝鮮側から事情説明を受けているが、真相は明らかにされることはなさそうだ。北朝鮮側からの謝罪も一切期待できそうにもない。結局は、いつものように押し問答に疲れ、最後は韓国側が折れて、そのまま終息に向かうことになるのだろうか。その理由は簡単だ。

 北朝鮮側の立場からすれば、軍事警戒区域に入った者は、観光客でなく、怪しい人物、すなわち、スパイとの前提で警備、警戒している。まして、制止命令に従わず、逃走すればその疑いを強めるのは当然のことだ。

 観光客、女性というのも北朝鮮側にはいい訳にはならない。観光客を装って入ってきたという認識だ。大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫の例をみるまでもなく女性だからスパイではないということにはならないからだ。逃走すれば、撃てという軍規、マニュアルが北朝鮮側にはあるのだろう。

 万に一つ、逃がしてしまえば、それこそ一大事で、警備兵らは全員、首が飛ぶことになる。追跡して捕まえればというが、仮にスパイならば手榴弾を身に隠しているか、あるいは自爆もあり得る。北朝鮮の女スパイがそうだから、北朝鮮の兵士らがそのように考えても不思議ではない。

 赤信号を無視して横断歩道を渡る通行人を車が跳ねた場合、ドライバーは前方不注意で処罰されるが、それは平和な国家での話であって、38度線で今も銃口を向け合っている南北の軍の常識では撃つ側に落ち度はないというのが冷酷な現実だ。