2012年1月30日(月)

金正恩最高司令官の最初の試練

 恒例の米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」が2月27日から3月9日まで実施される。「キー・リゾルブ」演習に併せて米韓合同野外機動演習「フォールイーグル」も3月1日から4月30日まで実施される。

 ●金日成生誕100周年に米韓合同軍事演習

 過去2回の演習を振り返ると、3年前の2009年の演習には、在韓米軍1万2千人と海外駐留米軍1万4千人の計2万6千人が参加。原子力空母「ジョン・C・ステニス」(9万6千トン級)や原子力潜水艦、イージス艦10隻余りの艦艇が投入された。また、イージス艦2隻が増強され、韓国軍は軍団級、艦隊司令級、飛行団級部隊2万人以上が参加した。

 また、昨年の演習では「キー・リゾルブ」に2,300人、「フォールイーグル」に1万500人、併せて1万2千800人の米軍が参加した。米軍の参加規模は2009年の約半分だが、韓国軍は予備軍を含め師団級以上の兵力20万人が参加した。

 およそ2か月間の長期に及ぶ米韓合同軍事演習は局地戦と北朝鮮の急変事態に備えた訓練が中心。核兵器やミサイルなど北朝鮮の大量殺傷兵器(WMD)を除去する練習も行われた。このため米本土からWMD除去専門部隊である第20支援司令部の特殊部隊が初めて投入された。

 今年の「キー・リゾルブ」演習は駐韓米軍が2,100人と韓国軍が20万人、「フォールイーグル」には米軍1万1千人と師団級以下の韓国軍部隊が参加して昨年並みに行われる予定だ。

 「キー・リゾルブ」は約10日間と短く、それも金正日総書記の2月16日の生誕70周年祝賀行事後に開始され、金日成主席生誕100年を迎える4月15日までには終了する。しかし、「フォールイーグル」は北朝鮮が民族の祭典として最重要視している金主席生誕100周年祝賀期間にぶつかる。

 米国は@恒例の演習であるA防御を目的とした演習であるB「キー・リゾルブ」の演習場所が軍事境界線から遠く離れた韓国の南部で実施されるC北朝鮮も昨年11月末に弾道ミサイル発射や戦闘機の飛行訓練など冬季訓練を実施したD北朝鮮に訓練日程を事前通告していることなどから「北朝鮮を挑発するものではない」としている。米国務省のヌーランド報道官は27日の記者会見で「演習は定期的なものであり、それは北朝鮮も分かっているはずだ」と北朝鮮に自制を求めていた。

 しかし、北朝鮮は演習が金正日総書記の喪中期間中に行われること、さらに演習が北朝鮮を仮想的敵国として想定した訓練であること、上陸作戦など攻撃的な訓練が行われていること、さらに昨年11月に続き今年1月26にも白?島や延坪島など黄海の北方限界線(NLL)地域で韓国海兵隊による射撃訓練が行われたことなどから反発を強めている。

 特に米軍も参加して行われた黄海の北方限界線(NLL)地域での二度にわたる射撃訓練はいずれも南方に向かって行われたものの北朝鮮の挑発を想定したもので、第1段階では発射基地を撃破し、北朝鮮から反撃があれば、第2段階としてKF16、F15K戦闘機を出撃させ、後方の指揮所を無力化する実戦訓練であった。

 北朝鮮は昨年11月の訓練の際には朝鮮人民軍最高司令部の声明を出して、「我々に対する新たな挑発だ」と非難し、「再び神聖な領海、領空、領土に砲弾が1発でも落ちれば、延坪島の火の海が青瓦台(大統領府)の火の海に、青瓦台の火の海が逆賊一味の本拠地を根こそぎ消してしまう火の海に燃え広がることを肝に銘じなければいけない」と警告したが、北朝鮮側の反対方向に向けて発射訓練を行ったことで幸いに大事には至らなかった。

 北朝鮮は今年も、北朝鮮は対韓国窓口機関「祖国平和統一委員会」を通じ1月26日の黄海での射撃訓練を非難し、「全面戦争になる可能性がある」と警告。また「キー・リゾルブ」と「フォーイーグル」演習についても28日、朝鮮中央通信を通じて今回の演習がこれまでに増して「耐え難い」と強調し、「わが軍と人民は無慈悲に懲罰するだろう」と「宣言」している。

 ●北朝鮮はどうする?

 度重なる米韓合同軍事演習は北朝鮮にとっては耐え難いほど心理的にも経済的にも軍事的にも大変な負担となっている。軍事訓練が行われる度に対抗措置を強いられるばかりか、経済再建を目指して水力発電所などの建設現場や労働現場に動員している軍人らを原隊復帰させなければならない。また、在庫少ない弾薬、燃料、食糧など戦争備蓄の放出も余儀なくされる。北朝鮮にとっては何よりも消耗戦が一番辛いところである。

 北朝鮮は今、深刻な食糧危機に瀕している。国際食糧機構(FAO)や世界食糧計画(WFP)によると、北朝鮮の食糧不足は相当深刻である。それでなくても、4月15日の金主席生誕100周年に際して国民に配給を保障しなければならない。

 米国務省の求めに応じ、このまま自制すれば、米国の食糧支援、三度目の米朝協議、そして6か国協議の展望も開ける。しかし、「先軍政治」と「強盛大国」の要である軍部の意向が北朝鮮の選択を左右するものとみられる。

 昨年は、板門店代表部の声明を通じて「演習が北朝鮮の核及びミサイルの除去と北朝鮮の体制崩壊を前提とした急変事態に備えたものであることが明らかな以上、核恐喝には我々式の核抑止力で、ミサイル脅威には我々式のミサイル打撃戦で受けて立つ」と表明した。さらに、「局地戦を挑発するなら、全面戦争も辞さない」との決意を表明し、最高司令部の名で全土に「戦闘動員態勢」が発令された。今年もおそらく同様の措置が取られることになるだろう。

 しかし、米国が憂慮するような島や艦船への奇襲攻撃はないだろう。韓国合同参謀本部が「仮に北朝鮮が挑発してきた場合、二度とその気を起こさせないようにするため陸海空を動員して断固たる懲罰措置を取る」と警告していることや米空母が配備され、実戦さながら行われる演習中に挑発すれば、米韓連合軍の思う壺であるからだ。

 米国がその気になれば、空母に搭載されたステレス戦闘機で平壌から北西90kmにある寧辺の核施設を僅か30分で叩ける。米韓連合軍の即時報復を誘発しかねないようなリスクはとても犯せないだろう。

 さりとて、何もしなければ、最高司令官になったばかりの金正恩氏の権威は著しく失墜する。最高司令官が「臆病」「弱腰」となれば、最大の支持基盤の軍の信頼を失い、統率力も失うことになる。虚勢を張るためにも最高司令官として何か決断しなければならないかもしれない。

 その場合、対抗手段の一つとして考えられるのは大陸弾道弾ミサイル(ICBM)の発射である。すでに2001年から建設に着手していた西海岸の東倉里(トンチャンリ)の長距離弾道ミサイル発射基地は完成している。

 発射台は50mの高さがあることから射程距離が6千km以上の大陸弾道弾ミサイルと予測されている。ミサイルが基地に運ばれ、発射台に載れば、2週間で発射することも可能だ。まして、4月25日は朝鮮人民軍創建80周年を迎える。「強盛大国」の大門を開くとして人工衛星、即ち大陸弾道弾ミサイルを発射する可能性もゼロではない。

 今の状況は、人工衛星と称してテポドンミサイルを発射した2009年4月の状況と酷似している。

 当時、北朝鮮は2月24日に「人工衛星打ち上げの準備を行っている」と発表し、3月5日に民間機に領空、領海の通過禁止を発令し、3月9日に米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」が始まると、北朝鮮最高司令部は「戦闘動員態勢」を発令した。

 さらに「キー・リゾルブ」演習期間中に北朝鮮上空を通過する、又は東海(日本海)の北朝鮮領海周辺を飛来する韓国の民間航空機の安全を担保しないと通告したうえで、「人工衛星」と称して4月5日にテポドンミサイルを発射した。

 今年1月8日の誕生日に放映された金正恩氏の記録映画によると、正恩氏は3年前のミサイル(人工衛星)発射に際して「戦争を覚悟してでも、人工衛星を打ち上げよ」と命じ、自らも金総書記及びミサイル発射の責任者らと共に総合指揮所で観戦していた。この時のことを紹介した祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」には、金正恩氏が「国家の威力を最強にする壮大な作戦を陣頭指揮し、敵らの肝を冷やした」と書かれてある。

 そして今は、その勇ましい金正恩氏が最高司令官兼最高指導者である。米韓の軍事デモンストレーションの前に何もせず、果たして耐えていられるだろうか。