2013年3月30日(土)

金正恩の「重大な決心」とは何か?

 北朝鮮のミサイル(衛星)発射に続く核実験と、国連安保理の制裁決議採択と米韓合同軍事演習で端を発した米朝の対立は、口喧嘩から軍事力による威嚇にシフトした。

 皮肉なことに自衛と防御が目的の軍事演習を双方とも「挑発」と非難応酬している。米国は非公開にしてきた核爆弾搭載のステルス戦略爆撃機B−2の米韓合同軍事演での演習を牽制する意味で公開すると、北朝鮮もまた、本気度を示すため常識では考えられない最高司令部の作戦会議場の写真を公開するなど、心理戦も熾烈さを増している。米朝のチキンレースは何が起きるかわからないほど危険な状況になってきた。

 米韓を威嚇する北朝鮮を「オオカミ少年」扱いしてきた韓国も最高司令官の金正恩氏が29日深夜に突如作戦会議を招集し、米本土及び在韓米軍基地をいつでも攻撃できるよう戦略ミサイル部隊に待機するよう命じたことで俄かに緊張が走りだした。

 北朝鮮がどこまで本気で、やる気なのか、いぶしがる向きも多いが、北朝鮮の言動がヒートアップしていることでもわかるように明らかにこれまでの瀬戸際外交とは次元が異なり、米朝の対立は落としどころのない危険極まりない局面に入りつつある。以下の理由がそのことを示している。

 第一に、北朝鮮が第一朝鮮戦争の休戦協定の白紙化を60年目にして初めて一方的に通告(3月5日)したことで戦争がいつでも再開できる状態にあることだ。

 スイス、スウェーデン、チェコ、ポーランドの4か国から成る中立国監視団はもはや存在しないに等しい。加えて、3月5日の最高司令部の声明で北朝鮮が板門店代表部の活動を停止したため唯一の紛争解決の場でもあった板門店会談も開けなくなった。

 さらに非武装地帯などで発生する紛争や不測事態を鎮静化させるための米朝及び南北間の軍事ホットライン(直接電話)も止まってしまい、60年にわたって戦争を防止してきた信頼造成措置は何一つない。一旦、朝鮮半島で火が燃えれば、もはや消火できない状態に置かれている。

 第二に、北朝鮮国内が事実上、準戦時体制下に入っていることだ。

 「米国との最終決戦」を煽る国営メディアのキャンペーンもあって国内は開戦前夜の雰囲気で、前線の軍人には実弾が配られ、国民には非常食品が配給されたとの報道もある。また、3月21日には空襲警報が1時間にわたって鳴り響いた。空襲警報による全国的な避難訓練は20年ぶりのことである。29日には平壌で最大規模の反米決起集会も開かれている。まさに合戦ムード一色だ。

 第三に、この期間の金正恩第一書記の軍視察が慣習的なものでなく、どれも「有事」(戦争)に備えたものであることだ。

 韓国との間で何度も海戦のあった西部戦線には3月7日、11日、13日と3度にわたり、立て続けに視察に訪れている。13日の視察の際には、延坪島など西海の諸島や艦隊を狙った実弾射撃訓練が行われている。また、3月20日には開発した無人機を使った攻撃と、米国の迎撃ミサイルトマホークを想定したミサイル迎撃訓練を参観している。

 さらに、3月22−23日にかけては、米韓が最も恐れる特殊部隊を訪れ、ソウル市街全景を描写した模型地図を示し「いったん火が噴けば、敵の心臓部に稲妻のように突入し、軍の施設や公共機関を攻撃消滅しろ」と訓令している。特殊部隊は言わずと知れた特攻隊を指す。25日にも対南工作を総括する偵察総局傘下の部隊を視察し、ソウルを陥落するための作戦を授けている。

 クライマックスは、3月26日に国家規模の陸海による大規模合同訓練が日本海に面した元山沖で行われたことだ。合同訓練では放射砲や牽引砲など野砲による一斉射撃訓練が行われ、海軍連合部隊による敵地上陸訓練も実施されている。ミサイルの発射訓練こそなかったものの3週間にかけて有事に向けた準備を着々と進めている。

 第四に、国際的に孤立しないよう国際社会と世界の同胞に北朝鮮の「聖戦」(労働新聞)への支持と連帯を呼びかけていることだ。

 北朝鮮は3月17日に「全朝鮮民族に告ぐ」として祖国統一戦線の名で北朝鮮の反米最終決戦に同調するよう呼びかける一方で一週間後の26日には最高司令部の声明で「戦争に反対し、平和を愛する全世界の進歩的人類」に反米闘争に立ち上がるよう促している。

 そして留めは、3月26日の最高司令部による「1号戦闘勤務体制突入」に続き、29日に米国をミサイル攻撃するため戦略ミサイル部隊に金正恩氏直々の待機命令が出されたことだ。

 「1号戦闘勤務体制」を発令した際には「断固とした対応意志を実質的な軍事的行動で誇示する」と警告し、また「待機命令」の発令では「米国との総決算の時が来た」との認識の下に金正恩氏が最高司令官として「重大な決心した」と報道している。「重大な決心」とは何か?

 B52,B−2戦略爆撃機の演習に対抗していまだかつて一度も発射実験をしたことがない中距離ミサイル「ムスタン」もしくは長距離ミサイル「KN−08」の発射実験を行うのか。それとも、可能かどうかわからないが、B−52戦略爆撃機の迎撃を試みるのか?あり得ないとは思うが、本気でグアムや在韓米軍基地を先制攻撃するつもりなのか、それとも?

 B52戦略爆撃が米韓合同軍事演習に参加するため3月18日に飛来した翌日北朝鮮は外務省声明を通じて「次に出動したら、軍事的対応を取る」との警告を発したにもかかわらず、オバマ政権は逆に金正恩政権をあざ笑うかのように25日にもB52をグアム基地から演習に参加させている。

 さらに、26日には最高司令部が「我が軍隊の超強硬意志を物理的行動で示す」として戦略ミサイル部隊に1号戦闘勤務体制に入るよう命じたところオバマ政権は北朝鮮を牽制するかのように今度はB−2戦略爆撃機2機を28日に飛ばしてきた。

 「忍耐にも限界がある」と言っているところをみると、金正恩氏は相当カッカしているに違いない。

 血気盛んな若い指導者の「重大な決心」により最悪のシナリオに向かわなければ良いのだが、願わくは、今回もまた北朝鮮は「オオカミ少年」であって欲しい。