2010年8月17日(火)

李大統領の「8.15演説」

 「8月15日」は日本では終戦記念日、朝鮮半島にとっては、日本の植民地からの解放記念日だ。南北それぞれで記念行事が行われるが、韓国では毎年盛大な式典が行われ、大統領が内外に向け演説を行うのが決まりになっている。一方の北朝鮮はどうかと言うと、最高指導者の演説はない。実にコントラストだ。

 「8月15日」は韓国にとっては「建国記念日」にあたるので韓国人にとっては二重におめでたい日にあたる。しかし、62年前のこの日に朝鮮半島の南半部に韓国が産声を上げ、その25日後に北半部に一卵性双生児の北朝鮮が生まれたことで、「8月15日」は見方を180度変えれば、南北分断の「悲劇の日」と言っても過言ではない。

 朝鮮半島に二つの国家が誕生し、分断状況は今も延々と続いている。だからこそ、この日の大統領の演説に関心が集まる。南北関係について何を言うのか、北朝鮮に向けてどのようなメッセージを発信するのか、大いに注目されるゆえんである。

 李明博第17代大統領は今年も演説の冒頭で「尊敬する国民の皆さん、北の同胞及び海外の同胞の方々」と呼びかけていた。北朝鮮と鋭く対峙していても、北朝鮮から罵倒されていても、日本の植民地統治から解放されたこの民族慶事を共に喜びたいとする思いが伝わっていた。

 日韓併合100周年に際し、韓国に「植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明した総理談話で同じ被害と苦痛を与えた北朝鮮に対しては完全無視した菅直人総理とは器の違いを感じた。

 大統領就任以来、李大統領の南北関係に関する発言を注視しているが、評価すべきは多少の紆余曲折があってもぶれずに、一貫していることだ。

 大統領就任演説で「南北の住民が幸せに生活でき、統一の基盤をつくるのが我々の目標である」(08年2月25日)と語ったのを始め、「我々は北朝鮮の住民の生活にも深い関心と愛情を持たざるを得ない」(08年4月13日)「金正日委員長に朝鮮半島の真の平和と繁栄のため共に力を合わせようと言いたい。金委員長はこうした発展的関係を形成するうえで重大な決定を下すことができると信じている」(08年4月17日)と、一貫して北朝鮮に前向きなメッセージを発信し続けてきている。

 金剛山で韓国人観光客が北朝鮮の警備兵に射殺される痛ましい事件が起き、南北関係が険悪化した一昨年8月の演説でさえも「遺憾な金剛山被殺事件があったとしても北朝鮮が(韓国との)全面的な対話と経済協力に出てくるよう期待している。他に道があっても、北朝鮮を迂回するとか、越えたりしたいとは思わない。南北が共に良く暮らす夢を決して放棄しない」と語っていた。

 今年の演説でも同様に「南北が共に平和と繁栄を築き、統一への道に向かうことが民族の念願であり、真の光復を成し遂げる道である」と述べ、南北関係改善、統一への熱意を熱く語っていた。

 一昨年の演説でも「今こそ、北朝鮮は逃してはならない変化の好機である」と呼びかけていたが、今回もまた「南北はこれ以上不信と対決の過去の歴史を繰り返すべきではない。北朝鮮は今こそ、現実を直視し、勇気ある変化の決断をしてもらいたい」と、金総書記に呼びかけていた。

 「李大統領は太陽政策という言葉さえ使っていないけど実際は太陽政策とほぼ似通った言葉を使っている。太陽政策は、すべてを対話によって平和的に解決し、互いに勝利するウィンウィン協商をやることだ。この点においては李明博政権も私の意見も同じだ。表現こそ違うものの同じ道を歩んでいる」

 これは故・金大中元大統領の言葉だ。「李明博逆従が在任中は相手にしない」と罵っている北朝鮮は、金正日総書記が最も信頼していたこの政治家の「遺言」に謙虚に耳を傾けるべきではないだろうか。

 ただ、李大統領は、美辞麗句の割りには行動が伴っていないことだ。

 「不信と対決の過去を繰り返すべきではない」と言いながら、「8月15日」の民族の慶事日の翌日に軍事演習を強行する感覚を疑わざるを得ない。それも、8月に一度ならず、2度,3度と行なっていることだ。

 一度目の東海(日本海)で行われた朝鮮戦争以来史上最大規模の米韓合同軍事演習は韓国哨戒艦沈没事件との関連で理解できる。韓国とすれば、北朝鮮の挑発を牽制するためには抑止力を高めざるを得ないからだ。

 しかし、昨日から始まった米韓連合軍指揮所演習「乙支フリーダムガーディアン」は定例演習とはいえ、時期的にどうかと思う。

 李大統領は今年1月に北朝鮮が黄海上でミサイル発射実験など軍事演習を行った際に「砲弾はNLL(北方限界線)の北朝鮮側領内に落ちているようだ。でも、このような脅威的方法を使うのは望ましくない」(英BBCとのインタビュー)と語っていた。ならば、韓国の演習もまた「脅威的方法」ではないだろうか。

 李大統領は「私が他の女性を好きになるのはロマンチックなことだが、お前が他の男性を好きになるのは不倫だから」という韓国の巷の格言を知らないのだろうか。「俺はやるが、お前はやってはダメ」と言うのでは相手は聞く耳を持たないのでは。

 米韓の軍事的脅威に対抗する北朝鮮の軍事演習は「挑発」で自らの演習は「平和・戦争抑止のための訓練」(李大統領)と正当化するのはどの国も同じだが、38度戦で睨み合う北朝鮮の目には「平和のための訓練」でなく、「戦争のための軍事訓練」と映っていることは間違いない。案の定「無謀な軍事的挑発がもたらすとてつもない代価を身にしみるほど痛感することになる」と韓国を威嚇していた。

 哨戒艦事件で北朝鮮に代償を払わすための、また再度の挑発を牽制するための軍事演習が結果として北朝鮮のさらなる挑発を誘発する愚を犯しているのではと、危惧を感じざるを得ない。

 韓国は来月も黄海で空母を派遣する米軍と再度合同軍事演習を行う。北朝鮮にとって来月は初旬に党代表者会の開催を控えている。後継者を擁立するための44年ぶりの重大な行事である。9日は建国記念日である。北朝鮮にとっては一大慶事にあたるこの時期に韓国は軍事演習をぶつけるのかもしれない。

 李大統領は「北朝鮮もいままでのやり方から少し抜け出すべきで、韓国はそのような方式から抜け出した。我々だけがそのままで北朝鮮だけに態度を変えようと言っているのではない」(08年4月5日)と言ったことがあるが、韓国も「目には目を、歯には歯を」の今までのやり方から抜け出したとはとても思えない。

 李大統領は今年の新年国政演説で「私はいつでも金正日委員長と会う準備ができている。平和と核問題解決に寄与する状況になれば年内でも会わない理由はない。我々は有益な対話をしなくてはならないし、核問題についても十分に話し合わなければならない。双方の和解と協力のためにも心を開いて臨まなければならない」と宣言していた。南北の不毛の対決を終わらせるため、今こそその道を模索すべきではないだろうか。