2011年11月28日(月)

韓国のFTAと日本のTPP

 韓国の米国とのFTA(自由貿易協定)締結と日本のTPP(環太平洋パートナシップ協定)交渉への参加表明がほぼ同時進行となった。

 李明博大統領はTPP交渉へ参加を表明した日本を引き合いに「世界中の競争のなかで後れをとらないか心配だ」と述べ、国会での早期批准を求め、これに供応した与党は強行採決で可決した。

 日本は日本で、韓国がEU(欧州連合)とのFTAに続き、米韓FTAまで締結すれば、韓国が世界輸出市場の40%と関税なき貿易が可能になることからこのままでは不利とばかり、TPP加入に向けて始動した。

 ●EUとのFTA

 EUの経済規模は米国の約2倍で、中国に次ぎ第二の経済市場である。韓国はそのEUとはアジアで最初にFTAを締結した。07年5月に交渉を開始し、僅か2年半で合意し、国会での批准を経て今年7月に発効している。

 EUは米国に比べて工業製品の輸入関税は総じて高い。薄型TVは14%で自動車は10%である。FTAの発効で工業製品の9割は関税が撤廃されるが、EUは5年以内に、韓国は7年内に工業製品と農産物の輸入関税を全廃することになっている。

 自動車については、韓国の自動車部品に掛けられている2.7〜19%の関税が発効と同時に撤廃されたが、排気量1500ccを超える自動車の10%関税の全面撤廃にはまだ5年を要する。

 FTA発効以来、4か月経過したが、韓国の対EU輸出は意外にも5.5%減少し、輸入は逆に22.0%増え、貿易収支が大幅に悪化したことが分かった。

 韓国関税庁が11月3日に公表した資料によると、韓・EU間FTAが7月に発効して以来10月までの4か月間、韓国の対EU輸出は168億8000万ドル(約1兆3200億円)、輸入は158億1000万ドルで、10億7000万ドルの黒字を記録したもののその規模は前年同期比に比べ4分の1と大幅に落ち込んだ。自動車に限って言えば、7月のEUの自動車販売総数は101万2910台で、前年同期比2%の減少、8月と9月もそれぞれ7.7%、0.6%の減少であった。

 FTAを推進した外交通商部は11月4日、貿易収支の悪化はFTAが原因ではなく、EUへの船舶輸出が減少した反面、航空機輸入が大幅に増えたことやEU諸国の消費が減少したことなどが原因と指摘し、FTAを通じて関税減免を受ける自動車や自動車部品、石油製品などの輸出は大幅に増加していると説明している。

 ●米国とのFTA

 米国とのFTAは2010年12月に合意し、米議会が今年10月に法案を可決し、韓国国会も11月に可決したことで来年1日から発効する。米韓FTAは締結してから批准まで4年7カ月かかった。

 米韓双方は、向こう10年間でほぼすべての工産品に対し、段階的に関税を撤廃していく。その数は、韓国が8,434品目、米国が7,094品目。このうち、即時撤廃が予定されているのは繊維と農産物を除いた7,218品目(韓国、85.6%)、6,768品目(米国、87.6%)。発効から5年以内には、それぞれ95.5%、96.9%と拡大する計画だ。

 乗用車は4年後に関税を相互に撤廃する。(米国は、韓国車に対する輸入関税2.5%を4年間維持した後に撤廃。韓国は、発効日に米国車に対する8%の輸入関税を4%に引き下げ、これを4年間維持した後に撤廃)電気自動車は、韓国(4%)と米国(2.5%)が4年にわたり関税を均等に撤廃することになっている。

 ●FTAの賛否両論

 米国は、オバマ大統領の発表文によると、対韓輸出が年間最大110億ドル、雇用が最低7万件増えると予測している。また、韓国の金融サービス市場(5600億ドル)への参入機会も広がると見通している。

 一方の韓国も、対外経済政策研究院(KIEP)によると、米韓FTAの発行で今後15年間の年平均貿易黒字額が27億7000万ドル(約2,130億円)上積みされると予想。また35万人の雇用創出効果や製造業1.2%、サービス業1.0%の生産性向上が見込めるとしたほか、韓国の実質国内総生産(GDP)が向こう10年で最大5.7%増加するとみている。

 FTA発効の恩恵を受けると見込まれる自動車部品・機械(73.5%)、繊維・衣類(84.6%)関連企業ではFTAを肯定的に評価している。中でも自動車業界や家電業界は自動車や家電などの対米輸出(2009年)が韓国総輸出の10%を占めていることから大きな期待を寄せている。

 また、自動車業界だけでなく、繊維業界でも平均13.1%の関税が撤廃されることで価格競争力が高まり、日本や中国、インドに比べ優位に立てると歓迎ムードだ。さらに、輸出入を手がける中小企業も68%が韓米FTAを早期批准すべきと答えている。

 その一方で、打撃が予想される農畜産物関連業界ではこぞって反発の声を上げている。

 米韓FTAではコメやコメ関連製品は関税撤廃対象から外されている。またオレンジや食用大豆など韓国産との価格差が大きい品目については現行の関税率が維持される。それでも米国からの食料品については、品目数基準で37.9%、輸入額基準で55.8%の関税が即時撤廃される。

 ワイン(15%)、アメリカンチェリー(24%)や干しブドウ(21%)などの関税が即時撤廃の対象だ。牛肉や豚肉などの輸入関税も2年後から段階的に撤廃しなければならない。牛肉や豚肉の関税は、最終的にはそれぞれ15年、10年をかけて撤廃される。

 韓国農林水産食品部によると、韓国の農漁業生産額は、米韓FTA発効後5年で7,026億ウォン(約470億円)、15年で1兆2758億ウォン(約856億円)減少し、農漁業分野では15年間で12兆6683億ウォン(8222億円)の累積被害が発生すると予想されている。

 韓国政府は2007年11月に農畜産分野へのFTA対策予算として21兆1000億ウォン(約1兆4800億円)を計上し、今年8月には支援対策にさらに1兆ウォンを上乗せすることを決めた。これまでに使われた対策費は約6兆ウォンに上り、農業や畜産業分野の施設改善などに使われたが、業界の不安は拭いきれてない。

 食べ物以外では法律事務所や会計事務所の市場も米国に開放しなければならない。発効後、米国の弁護士資格所有者は韓国でも国際公判と米国法について諮問サービスを提供できる。税務事務所や会計事務所も発効とともに、米国および国際税法および会計についてのコンサルティング業務が可能になる。また、製薬業界では特許権の管理が強化されるため、複製薬を製造・販売する韓国企業にとって不利な立場となるとみられている。

 韓国最大野党の民主党は、米韓FTA発効で、関税撤廃で自動車などの輸出が有利になるが、農業など輸入製品との価格競争で不利となる産業への支援措置が不十分であることやFTA条項に韓国に不利な条件があるとして牛肉など農畜産物の関税撤廃の見直しを求めている。また投資家が投資国の裁判所ではなく、第3の仲裁機関で紛争を解決できる国家訴訟制度(ISD)の破棄など米国との再交渉を求めている。

 日本のTPP反対派と同じように民主党の孫鶴圭(ソン・ハクキュ)代表はFTA批准案の国会処理について、「来年4月の総選挙で国民の意見を問い、審判を受けよう」と要求したが、与党のハンナラ党は11月22日、FTA批准を強行採決してしまった。

 ●米韓FTAの日本への影響

 米韓FTA発効が日本に与える影響について経済産業省は2020年までに自動車・家電・機械など日本の対米輸出の機会が1兆5000億円分、関連の国内生産の機会が3兆7000億円分奪われると試算している。

 特に自動車産業への影響が大きく、世界自動車市場の半分に相当する3000万台の市場で日本は競争不利になるという。日本自動車工業会によると、韓国とのFTAやEPAが発効・合意した国の自動車市場の規模は3510万台。日本の570万台を大きく上回るとのことだ。

 また経済産業省では、EU、中国とのFTAも結べず、TPPにも加入せず、韓国が米国、EU、中国とFTAを結んだ最悪のシナリオの場合、日本の実質国内総生産(GDP)は10.5兆円減り、81万人の雇用を失うと推定している。

 だが、韓国の政府系シンクタンク11社の共同分析によると、米韓FTAによる対米輸出は年平均14億ドル程度の増加にとどまる。また、韓国がEU、米国に続き仮に中国とETAを発効した場合は輸出が412億ドル増えるが、それでも日本のこの地域の輸出減は112億ドル(1兆円)程度と日本の試算よりもダメージが低い。

 韓国の生産台数は世界5位ではあるが、それでも日本の962万台の約半分にも満たない427万台だ。一人当たりのGNI(国民総所得)も2万ドル弱で日本の約半分程度だ。韓国はまだまだ日本にとって大きな脅威にはなってない。