2009年12月22日(火)

ボズワース訪朝で何が話し合われたのか

 オバマ大統領の特使としてボズワース特別代表が訪朝してから10日が過ぎた。ボズワース訪朝で米朝間で何が話し合われ、どのような暗黙の合意があったのか、おぼろげに見えてきた。

 当事者のボズワース特別代表は北朝鮮側との会談について「率直に話し合い、非常に有益だった」と語り、また、上司のクリントン長官も「予備協議としては、非常に建設的だった」と評価した。一方の北朝鮮側も「率直で実務的に話し合い、互いの立場への理解が深まった」(外務省報道官)と、ボズワース氏と口を合わせた。

 「率直に、かつ建設的に話し合った」結果、米朝両国は「6か国協議再開の必要性と2005年の6か国協議の共同声明の履行の重要性について共通の理解に達した」(ボズワース氏)ようだ。それでも、6か国協議の即再開の合意には到らなかった。その理由について、クローリー国務次官補は「解決すべきことが残っている」として、これを解決するため「6か国協議関係国と協議しなければならない」と語った。北朝鮮の外務省報道官も「残る相違がある」と認めた上で、「これを埋めるため、今後も引き続き努力する」と、これまた米国とほぼ同じ答えだった。米朝のやりとりを吟味すると、ボズワース氏は6か国協議再開までには「戦略的忍耐が必要である」と語っていたが、忍耐を要するほど6か国協議再開までにはそれほど時間を要さないかもしれない。

 では、解決すべきこと、残る相違とは一体何か?ずばり、北朝鮮が提示した6か国協議再開への前提条件に尽きる。その条件とは、金正日総書記が10月に訪朝した温家宝首相に対して言及した次の言葉の中に集約される。

 「米朝関係が敵対関係から平和的関係へと移行することを条件に6カ国協議を含む多国間協議を行いたい」

 北朝鮮はボズワース特別代表との間で平和協定に関する協議を行ったことを明らかにした。この件についてはボズワース氏も「我々は2005年9月の共同声明のすべての要素について議論した」と、否定しなかったどころか、むしろ前向きに話し合ったことを認めている。

 ボズワース氏が言及した6か国協議共同声明には核放棄への見返りとして米国が北朝鮮に対して核兵器又は通常兵器による攻撃又は侵略を行う意図を有しないこと、また、米国が北朝鮮の主権を尊重し、平和共存すること、及び国交を正常化するための措置を取ることが約束されている。また、「適当な時期に、北朝鮮への軽水炉提供問題について議論を行う」ことも約束している。

 ボズワース氏は「6者会談が開かれさえすれば、また非核化の論議が推進すれば、朝鮮半島の平和体制を論議する準備ができている」と語ったとされるがどうやら平和協定の問題では6か国協議と平行して、朝鮮戦争の当事国である中国と韓国を加えた4か国間で論議することで合意に達したようだ。

 北朝鮮の非核化問題は6か国協議の場で、平和協定の問題は4か国協議の場で話し合うようだが、6か国協議の一部として4か国協議が行なわれるのか、それとも6か国協議とは切り離して行われるのかは不明だ。どちらにしても平行に行われるのは間違いなさそうだ。

 米朝の関係正常化についても、米国側から6か国協議への復帰と北朝鮮の非核化の進展を条件に平壌に連絡事務所を開設することが提案された模様だ。米国は、北朝鮮の非核化の進捗と合わせて、利益代表部に格上げし、最終的に大使館級の外交関係を樹立する考えのようだが、速やかな国交正常化を希望する北朝鮮がこの案を受け入れるかどうかは微妙だ。クリントン政権の時も国交正常化への前段階として連絡事務所の提案があったが、北朝鮮は難色を示していた。

 また、ボズワース氏が「共同声明のすべての要素というのは朝鮮半島の非核化だけでなく、平和体制や6か国当事国間の関係正常化、さらには経済支援も含まれる」と語っているところをみると、軽水炉の提供以外にも経済支援の打診もあったようだ。

 経済支援との関連で注目されるのは、6か国協議ボイコットの直接的な要因となった「人工衛星」(テポドン・ミサイル)問題への米国の対応だ。北朝鮮が国連の非難決議に反発した最大の理由は「人工衛星発射の権利を奪われた」ことにある。北朝鮮は今でもこの問題では「我々の自主的な宇宙利用権利を引き続き行使する」と譲らない。

 北朝鮮は「人工衛星」についてはかつてクリントン政権時代に米国が北朝鮮に代わって打ち上げること、またテポドン・ミサイルについては「3年間で30億ドル相当の経済支援をすれば、開発や実験を中止する」と提案し、実際にクリントン政権と合意した経緯がある。オバマ政権に対しても同様の提案をした可能性が考えられる。

 問題は北朝鮮が要求している国連の経済制裁の解除である。米国は6か国協議復帰だけで制裁は解除しないとの立場だ。まして、コンゴやミャンマー、イランなど米国が問題にしている国々への武器輸出を国連の制裁決議に反し、続けている状態での制裁解除は米国としては容易には呑めない。

 一方、北朝鮮はブッシュ政権下でその存在を否認していたウラン濃縮問題でオバマ政権と協議することに同意したようだ。ブッシュ政権で合意した共同声明の履行が遅滞し、6か国協議が停滞した原因の一つが濃縮ウランに関する議論や検証を拒んだことにある。

 皮肉なことに、北朝鮮が核実験への国連安保理の制裁措置に反発し、6月13日にウラン濃縮作業の着手を宣言し、9月には国連安保理への書簡で「ウラン濃縮試験が成功裏に行われ、最終段階に入った」と公言したことが幸いしたようだ。北朝鮮がウラン濃縮開発を認めたに等しいからだ。

 さらに、米朝間で「共同声明のすべての要素について話し合った」(ボズワース氏)ならば、米国からは6か国協議問題以外に共同声明で約束したNPT(核不拡散条約)及びIAEA(国際原子力機構)への早期復帰を北朝鮮側に要求したことも十分考えられる。

 米国が主導したNPT体制の維持のためオバマ大統領としては来年5月にニューヨークで開かれるNPT再検討会議までには北朝鮮の復帰を取り付けたいところである。「核のない地球、世界」を公約したオバマ大統領とすれば、来年のNPT再検討会議は、核兵器廃絶への展望を切り開く重要な会議となる。北朝鮮の参加はその成否の鍵を握っているといっても過言ではない。この問題で北朝鮮がどのような言質を与えたのか、注目される。

 米政府は最近になってオバマ大統領の金正日総書記宛のメッセージをボズワース氏が持参したことを認めた。米国が認めるや北朝鮮も直ちにその事実を追認した。米朝間はまるでキャッチボールをやっているようでもある。

 メッセージの中身は明らかにされてないが、ボズワース氏によると「北朝鮮が非核化目標に向けて動く準備が出来ていれば、現在または過去とは全く異なる自らの未来のビジョンを目にするであろう」との内容になっている。

 北朝鮮にとっての未来のビジョンが何か、来年、その全容が見えてくるかもしれない。