2011年4月29日(金)

金正日ーカーター会談は不発の理由

 注目されたカーター元米大統領の2泊3日の訪朝が空振りに終わった感じだ。確実視されていた金正日総書記との会談が昨年に続きまたもや流れたからだ。結局、カーター氏は過去3度訪朝して、金総書記とは一度も対面できなかったことになる。

 後継者の正恩氏は無理でも金総書記は今回は間違いなく会うと予想していただけに意外だった。昨年は訪中とタイミングがぶつかったことから止むを得なかったにせよ今回は平壌にいたわけだからどう考えても会わない理由は見当たらない。

 カーター元大統領は父親である先代の金日成主席の友であり、北朝鮮にとっては戦争回避に繋がったジュネーブ合意を仲裁した「恩人」でもある。まして、カーター氏は北朝鮮がラブコールを送っている米国の元大統領でもあり、オバマ民主党政権の「元老」的存在である。その客人が西側の元指導者ら3人を伴い訪朝し、「金総書記に会って話したい」と熱望していたのに無下に断るとは儒教の礼にも反している。まして、高齢のカーター氏にとっては今回の訪朝が最後となるかもしれない。それなのに会わなかったのは、なぜだろう?いろいろ詮索してみた。

 1.健康が思わしくなくて?

 可能性は低いだろう。08年8月に倒れて以来、健康不安はあるものの、今年に入って、金総書記は1月に6回、2月に10回、3月に7回、4月に9回と、精力的に動き回っている。先週も金曜日(22日)まで遠く離れた咸鏡北道豊渓里(プンゲリ)にある核実験場と舞水端里(ムスダンリ)ミサイルの基地を管轄している第264部隊の視察に赴いていたばかりだ。健康上は問題なかったはずだ。

 2.オバマ大統領の特使でなかったため?

 その可能性も低いだろう。確かにカーター氏はオバマ大統領が派遣したわけではない。元国家元首の親睦倶楽部「ザ・エルダーズ」の団長として訪朝したに過ぎない。ホワイトハウスも米国務省も「個人的な訪朝に過ぎない」と関連を否定していた。大統領特使ならば別だが、そうでないわけだから金総書記が必ずしも接見する必要性はなかったのかもしれない。事実、訪朝報告と金総書記の李明博大統領宛のメッセージを伝達するためわざわざソウルに立ち寄ったのに李大統領もまた非礼にもカーター氏とは会わなかった。

 しかし、一昨年8月に訪朝したクリントン元大統領も「特使」でなく、「私的な訪問」だった。それでも金総書紀は会談に応じたばかりでなく、国防委員会の名による夕食会まで催した。クリントン長官の夫で、オバマ大統領に大きな影響力があると判断したものと考えられるが、老いたとはいえ、カーター氏もまた民主党大統領予備選でオバマ氏を支持したことでもわかるようにそれなりの影響力はあるはずだ。

 3.米国の新たな経済制裁発動に反発したため?

 北朝鮮がカーター氏の訪朝を受け入れた直後にオバマ政権が北朝鮮の金融機関「バンク・オブ・イーストランド」(別名ドンバン銀行)を新たに金融制裁対象に指定したことも理由の一つかもしれない。

 新たな金融制裁は、北朝鮮の武器輸出入業者「グリーン・パイン・アソシエーティッド」社の商取引に協力したのが理由だ。制裁を適用した米財務省は「北朝鮮による制裁逃れの違法行為を徹底的に調べ、摘発する」との声明を出していたが、金総書記は反発の意志表示として米国からの客人を門前払いにしたとの見方も考えられなくもない。

 しかし、見方を変えれば、北朝鮮が米国の金融制裁や国連の制裁解除を切望しているなら、逆にカーター氏や「ザ・エルダーズ」のメンバらーを厚遇し、オバマ政権や国際社会に働きかけたほうがどう考えても得策であることは明らかである。

 1〜3まででないとすると、面会しなかった理由は何か?考えられるのは二つだ。

 4.カーター氏の役割を過大評価してなかった?

 金総書記は、カーター氏を「過去の人間」とみなし、カーター氏が思っているほど、オバマ政権への「橋渡し」として期待を寄せてなかったのではないだろうか。

 というのも、昨年12月にオバマ政権に一定の影響力があると云われていた民主党のリチャードソン米ニューメキシコ州知事を受け入れ、当時金桂寛第一外務次官が寧辺のウラン濃縮施設に国際原子力機関(IAEA)の監視要員の受け入れと保管している核燃料棒の韓国への売却の意思を一方的に表明したにもかかわらずオバマ政権が何の反応も示さず、米朝協議にも6か国協議再開にも応じなかった苦い教訓がある。

 北朝鮮は今回、スパイ容疑で身柄を拘束している韓国系米国人の釈放を見送った。その理由は、2年前のクリントン訪朝の時は、不法入国の容疑で拘束していた米人女性ジャーナリスト2人を、また昨年のカーター訪朝の時も、米人宣教師1人を米国の要望に応え釈放したにもかかわらず、オバマ政権から何の「見返り」もなかったばかりか、「人道的見地」から釈放した3人がいずれも帰国後、公然と北朝鮮を批判したからである。

 クリントン元大統領の時は、「見返り」どころか、2週間後にオバマ政権は核・ミサイル計画に関わったとして北朝鮮の貿易会社に対し資産凍結や取引禁止などの制裁措置を取った。こうした過去の例から金総書記はある意味では、元大統領の現政権への影響力の限界を悟っていたと言えなくもない。

 5.最も考えたくないことだが、もしかすると、3度目の核実験とICBM(大陸弾道弾ミサイル)発射実験を強行するためあえて避けたのではとの見方も成り立つ。

 北朝鮮は来年12年は「強盛大国の大門を開く年」である。強盛大国とは、思想、軍事、経済面で大国になることだ。思想的には完成したとしても、経済面ではほど遠い。しかし、軍事面では後一歩のところまで来ている。

 核実験を成功させ、ICBMを手にすれば、軍事大国の仲間入りが果たせると考えている。「核保有国」として「軍事大国」として対等な立場で米国との交渉に臨むとの戦略を立ててれば、年内に09年に続きもう一度、完成に向けて核実験とミサイル実験を考えているのかもしれない。

 再度核とミサイル発射実験をやる気ならば、「金総書記に会い、核放棄とミサイル開発を断念させたい」との目的を持って訪朝したカーター氏ととても会うわけにはいかない。会えば、嫌がおうにもリップサービスをせざるをえないからだ。また、会談した後で、仮に核・ミサイル実験を強行すれば、カーター氏の顔を潰すばかりか、嘘を付いたことになるのであえて面会しかなかったとも考えられなくもない。