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2019年3月22日(金)

父親と同じ轍を踏むか!「日朝首脳会談の金正日」と「米朝首脳会談の金正恩」

珍しい金正日総書記と金正恩委員長のツーショット(北朝鮮の画報から)


 金正恩委員長が間もなく、米朝交渉への態度を表明する。打ち切るのか、それとも継続するのか、北朝鮮の非核化の成否がかかっているだけに世界中が固唾を呑んで見守っている。

 金委員長は先のベトナム会談で成果を上げることができず、手ぶらで帰国せざるを得なかった。勝ってくるぞと勇ましく誓って旅立ったわけだからまさに面目丸つぶれである。金委員長が「米朝交渉に意欲を失っている」(崔善姫外務次官)のは当然だろう。

 今後、事態が好転する要素はない。トランプ政権は一括妥結方式による北朝鮮の非核化実現を目指しているだけに「現段階では最善策」(李容浩外相)として北朝鮮が提示している段階的非核化案は受け入れられそうにない。まして、制裁強化こそが北朝鮮から譲歩を引き出す上で最も効果的なカードとして捉えているだけに北朝鮮が求めている制裁緩和は望み薄だ。結局のところ、金委員長が非核化交渉の凍結を宣言する可能性は極めて高いと言えよう。

 このままでは米朝首脳会談は2度で終了ということになりかねない。となると、奇しくも、小泉純一郎総理を相手に2度の日朝首脳会談で終わってしまった父・金正日総書記の二の舞となる。

 そもそも、米朝首脳会談と日朝首脳会談に臨む北朝鮮の決断と交渉スタイルは酷似している。

 北朝鮮は米国とはブッシュ政権の1990年からオバマ政権の2016年まで26年間、核問題をめぐって交渉を続けていたが、この間一度も米朝トップ会談が行われることはなかった。日本とも海部政権下の1991年から森政権までの2001年まで国交正常化を目指し、日本との外交交渉に臨んでいたが、これまたこの期間首脳会談が開かれることはなかった。原因は米国とは核問題解決の見通しがつかなかったこと、日本とは拉致問題がネックとなっていたからだ。

 金正恩委員長はトランプ大統領との会談を決断するまで「核は人民の命であり、国の宝である」(労働新聞)として「核放棄が目的ならば米国とのいかなる対話にも関心がない」(北朝鮮国連代表部)と言っていたのに180度方針を変え、2018年6月に非核化のための首脳会談に応じた。

 金正日総書記も日本が提起していた拉致問題については知らぬ存ぜぬで、日本がこの問題を持ち出すと「ありもしない拉致問題を持ち出した」(鄭泰和・前朝日国交正常化担当大使)と席を立ってしまう始末だったのにこれまた手のひらを反して、拉致の事実を認めた。それもこれも2002年9月に行われた日朝首脳会談のためだった。

 金正恩委員長の心境を代弁している崔善姫外務次官によれば人民と軍、軍需工業の当局者数千人は「決して核開発を放棄しないように」との請願を送り、非核化交渉に反対していたそうだ。金正日総書記の時も当時、軍部が「国家犯罪と日本が騒いでいる拉致を最高司令官である我が将軍様(金総書記)が敵国最高司令官である小泉(総理)に認めることは降伏に近いので絶対に認めてはならない」と猛烈に反対していた。しかし、どちらも独裁者であるが故に決断ができた。首脳会談決断の動機は両人とも関係正常化による経済再建にあった。

 金正恩委員長は2012年4月、人民大衆の面前で「これ以上、人民にひもじい思いをさせない」と誓い、2015年に36年ぶりに労働党大会を開催し、国家経済発展5か年計画を打ち出した。来年が最終年度となる金正恩政権下初の経済計画を成功裏に終わらせるには米国が主導している国連の経済制裁解除が不可避だった。金正日総書記もまた建国の父でもある金日成主席が果たせなかった「白米と肉汁と瓦吹の屋根」を人民に担保するには日本からの経済協力が不可欠であった。

 金正恩委員長は1回目のシンガポールでの首脳会談でトランプ大統領から「平和と繁栄に向けた両国国民の願いを踏まえ、新たな関係を築く」との約束を取り付けることに成功した。金正日総書記も1回目の平壌での首脳会談で小泉総理から「日本は正常化交渉に真剣に取り組む用意がある。私は北朝鮮のような近い国との間で懸念を払拭し、互いに脅威を与えない、協調的な関係を構築することが、日本の国益に資するものであり、政府の責務として考えている」との言葉を引き出すことに成功した。

 しかし、北朝鮮が完全なる非核化に向けての具体的な措置を取らないことからベトナムでの2度目の米朝首脳会談は事実上、決裂に終わった。日朝首脳会談も再度、2004年5月に平壌で開催されたが、「もう拉致被害者は存在しない」と北朝鮮が拉致問題の解決に消極的だったことから不発に終わってしまった。これ以後、首脳会談の道は閉ざされたままだ。

 米国は「先非核化、後体制保障」の立場を崩しておらず、日本もまた「拉致問題の解決なしに日朝国交正常化はない」との基本方針を貫いている。そして、両国ともその解決手法は圧力と制裁の継続にある。

 スイスで1985年に初めて開催された核軍縮を巡る米ソ(露)首脳会談は翌年アイスランドでの会談は決裂したものの1987年、ワシントンでの3度目の首脳会談で合意を見ているが、米朝が米露の道を辿るのか、それとも、日朝の道を辿るのか、金正恩委員長の決断が注目される。



2019年3月19日(火)

「イランの二の舞」にあった北朝鮮!イランと同じ道を歩むか!?

昨年8月にイランを訪問し、ザリーフ外相と会談した李容浩外相(イラン国営通信)


 ベトナムでの米朝首脳会談に随行した北朝鮮の対米実務交渉の一人である崔善姫外務次官は3月15日、米朝首脳会談で合意が得られなかったことについて金正恩委員長が「故国に戻る途中、『一体何のためにこんな汽車旅行をしなければならないのか』と失望の念を口にしていたことを明らかにした。そのうえで、「核実験とミサイル発射猶予を続けるかどうかは、我々の最高指導部が近く自らの決心を明らかにするものとみられる」と金委員長が一転強硬姿勢に転じる可能性まで示唆していた。

 崔外務次官はベトナム滞在時も「米国は千載一遇のチャンスを逃した。今後、同様の機会が(米国に)与えられるとは予断できない」としたうえで「金委員長は米朝交渉に意欲を失ったようだ」と、落胆した金委員長の心境を代弁していた。

 金委員長が「自らの決心を明らかにする」時期とその内容に世界の注目が集まっているが、金委員長は今年の新年辞で「米国が依然として制裁と圧迫を続けるならば、我々としても止むを得ず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかも知れない」と公言していることから、声明でこの「新たな道」が表明されることになるのだろう。それが、ミサイル発射実験と核開発の再開を指すかは不明だが、米国との交渉中断を宣言する可能性は否定できない。

 崔次官は会談が物別れに終わったのはポンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官の二人が「敵対と不信のムードを作り、指導者の交渉努力を妨害したからだ」と怒りをぶつけたもののトランプ大統領に対しては「両国の最高指導者の個人的な関係は相変わらず良好である」として非難めいたことは一切口にしなかった。

 しかし、寧辺の核施設廃棄への相応措置として制裁解除を求めた金委員長の段階的、並行的解決案を拒否し、席を立つ決断したのは他ならぬトランプ大統領である。実際にトランプ大統領自身が首脳会談後の記者会見の場で「北朝鮮は完全な経済制裁の解除を求めてきたが、米国はそれに応じることはできない。寧辺の核施設の廃棄だけでは十分ではない。我々はより多くを求めている」と述べていたことからも明らかだ。「信頼もし、尊敬もしている」と絶賛していたトランプ大統領に裏切られたことに等しい。

 北朝鮮のみならず韓国も含め世界中の多くの国が「合意は成立するだろう」と予測していたが、北朝鮮にとって惨めな結果を予測していた国が他ならぬ中東のイランであった。

 ベトナム会談が「決裂した」との一報を受けたイランのザリーフ外相は3月1日、「トランプ大統領の見せかけの政治ショーやシャッターチャンス、いきなりの政策変更が真剣な外交とは全く異なるということに(北朝鮮は)気づくべきだ」とツイートしていた。

 ザリーフ外相はその理由について実質的にオバマ前政権下で交わされた最良の「核合意」をトランプ政権によって反故にされたことを根拠に上げ「トランプ大統領とは決してこの核合意より良い合意にいたる事はない」と断言していた。

 そもそもイランはトランプ政権を相手に核交渉に応じた金正恩政権に対して「トランプを信じるべきではない」と警鐘を鳴らしていた。昨年6月にシンガポールで▲朝鮮半島の恒久的平和▲米朝の新たな関係構築▲非核化を骨子とした米朝共同声明が発表された際もイラン政府のノバフト報道官は「北朝鮮が交渉しているのは知性のない米国の政治家だ。帰国するまでに合意を取り消さないかも不透明だ」と述べ、トランプ大統領を信用すべきでないとの見方を示していた。図らずもイランの予測が的中したことになった。

 かつてブッシュ政権からイラクと並び「悪の枢軸」とのレッテルを張られた北朝鮮とイランは1979年のイラン革命によるホメイニー政権発足以後同盟関係にあり、核とミサイル開発でも協力関係にはあるが、対米外交(核交渉)では共同歩調を取っていたとは言い難かった。

 例えば、イランは2015年7月15日、国連安保理の経済制裁発動から9年目にして米国を相手に制裁解除を条件に核保有、核武装をしないことを宣言し、国際社会から歓迎されたが、当時北朝鮮外務省は「北朝鮮もイランに見習え」とのオバマ政権の呼び掛けに対して「イランと我々とは実情が異なる。結び付けること自体が話にならない」との談話を出して、反発していた。

 「名実共に核保有国であり、核保有国には核保有国としての利害関係がある」と、まだ核を保有してないイランとの違いをことさら強調した上で「一方的に先に核を凍結したり、放棄したりすることを論じる(米国との)対話には全く関心がない」とイランに倣う気がないことを明らかにし、「一方的に、先に核を凍結、放棄した」イランに不快感を示していた。

 そして、今度はイランがトランプ大統領を相手に金委員長が会談したことに不満を示し、北朝鮮に対して「米国の本質は楽観できるものではなく、注意深く対応すべきだ」と注文を付けていた。

 イランが米朝首脳会談に冷淡だったのは「米国の振る舞いや意図については懐疑的であり、極めて悲観的に見ている」(イラン外務省)からであったからで最高指導者ハメネイ師直属の精鋭軍事組織「革命防衛隊」のジャファリ司令官はトランプ政権の「イランが望めば会う」との対話の呼び掛けに「イランは会談を受け入れた北朝鮮とは違う」と、4年前の北朝鮮と同じようなことを言っていた。 立場変れば、言動も異なるものだが、トランプ政権に翻弄されている点においては両国とも共通しているようだ。

 イランはトランプ政権がイラン核合意からの一方的な離脱を表明したことから「この男(トランプ大統領)は米国民を代表しておらず、有権者が次の選挙で距離を置くことは明白だ」と、「トランプ相手にせず」との立場でいるが、今後トランプ政権の対応が変わらなければ、北朝鮮もイランと同じ道を歩むかもしれない。



2019年3月13日(水)

北朝鮮代議員選挙結果を徹底分析!相次ぐ実力者らの意外な「落選」が判明!

「落選」した軍服姿の黄炳誓党組織指導部第一副部長(金委員長の隣)(写真:ロイター/アフロ)


 北朝鮮で10日に投票のあった日本の国会にあたる最高人民会議第14期代議員選挙の結果が判明した。

 注目されていた最高人民会議の元老「三羽ガラス」である金永南常任委員長(91歳)、楊亨變同副委員長(94歳)、崔泰福同議長(89歳)のうち金永南、楊亨變両氏が再選されたが、崔泰福議長は再選されなかった。

 また、注目の一人であった最高齢の金日成主席の実弟・金英柱同名誉副委員長(99歳)は同じく名誉副委員長の崔永林前総理(89歳)と共に推薦者リストから外された。

 金英柱氏は1967年の初当選以来、52年間代議員の座にあった。前回(2014年)は第22号選挙区で立候補していたが、今回は楊亨變副委員長の選挙区になっていた。崔永林氏は今回代議員に選出された対米交渉人の一人である崔善姫外務次官(55歳)の父でもある。

 長老ではこの他に李容茂元軍総政治局長(94歳)と呉克烈元軍総参謀長(89歳)も再選されなかった。二人とも金正日前政権から金正恩政権への移行期に国防副委員長として金親子を支えていた。元老では長年宣伝を担当していた金基南元党宣伝担当書記(90歳)が再選を果たしていた。金基南氏の現在の肩書は党中央委員会顧問である。

 「影のN0.2」と称される金正恩氏の実妹、金与正政治局員候補兼党第一副部長(31歳)は第5号選挙区(カルリムキル)から出馬し、当選していた。31歳での当選は前回30歳で代議員となった兄・金委員長に続く二番目の最年少記録である。ちなみに父の金正日総書記は40歳で、叔母の金慶喜氏は44歳で代議員となっていた。金正恩委員長に抜かれるまで最年少記録を持っていたのは崔龍海党副委員長で1986年に36歳の若さで代議員に選出されていた。

 金委員長の国内視察や中韓首脳との会談に同席するなど内助の功を発揮している金正恩委員長の夫人・李雪主(30歳)さんも選ばれるか注目されていたが、今回は見送られた。ちなみに金委員長の祖父・金日成主席の後妻となった金聖愛夫人は38歳の時に代議員に選出されていた。

 米朝首脳会談に関わった党副委員長の金英哲統一戦線部部長(73歳)と李スヨン党国際部長(79歳)、それに李容浩外相(63歳)の3人も注目の的となったが、金英哲氏については当選者名簿では第306号選挙区(オッケ)と第378号選挙区(パンムン)に載っていた。おそらくこのうち一人が金英哲氏本人である可能性が高いことから李スヨン氏共々再選されたものとみられる。また李容浩外相も初当選を果たしていた。

 今回の選挙では過去5年間、失脚や処刑説が囁かれていた党・政府・軍幹部の再選の有無も注目されたが、2014年10月に処刑説が流れた李松吉海州市党書記(当時)、2015年2月に処刑説が流れた趙英男国家経済委員会副委員長(当時)と2015年5月に処刑されたとされる崔英健副総理(当時)、それに2016年に処刑説が流れた金勇進副総理兼教育相(当時)の4人とも候補者リストに名前が載っていなかった。

 また、軍では2015年2月に解任された辺仁善大将(73歳)、2015年4月に解任され、亡命説まで流れていた朴勝源前副総参謀長(73歳)、2015年4月に処刑されたとされる玄永哲大将(70歳)の3人、それに2017年に粛清されたと伝えられた金元洪前軍総政治局第一副局長(73歳)も選出されていなかった。金元洪氏は北朝鮮の秘密・情報機関である国家安全保衛部部長時代に張成沢氏を逮捕、処刑したことで知られている。

 軍ではこの他に尹正麟護衛司令官(大将)も再選されてなかった。汚職説が流れていたが、落選理由は不明。

 尹正麟司令官率いる護衛司令部(護衛総局)は韓国の大統領警護室に類似した組織ではあるが、金ファミリーの警護を担当するだけでなく、クーデターや人民蜂起を鎮圧する部隊でもある。

 尹司令官は1985年から護衛司令部参謀長の座にあったが、金正恩委員長が後継者となった2010年2月に党中央委員に選出され、同年4月に護衛司令官に就任していた。前回の選挙では第156号選挙区(クムス)から出馬し、当選していた。

 目に見えない敵から金正恩委員長を決死擁護する「守護神」でもある国家安全部、護衛司令部、そして保衛司令官(保衛局長)の三つのポストのうち代議員として残ったのは趙慶チョル保衛司令官(大将)のみとなった。

 この他に意外だったのは、黄炳誓(79)党組織指導部第一副部長と金京玉同第一副部長(81歳)が選出されなかったことだ。

 黄炳誓氏は2年前までは党では4人しかいない政治局常務委員に、軍ではトップの軍総政治局局長にまで昇りつめ、実質No.3として金委員長を補佐していた。彼の輝かしい経歴からすれば、再選されなかったことは驚きだ。

 金京玉同第一副部長が再選されなかったのも意外であった。

 金第一副部長が党副部長から第一副部長に昇進したのは金正日総書記が2008年に脳卒中で倒れた直後で、後継者の金正恩氏が党軍事副委員長としてデビューした2010年9月には金総書記の義弟、張成沢党行政部長や崔龍海党書記と共に党軍事委員に抜擢されていた。軍人ではないにもかかわらず金総書記の実妹、金慶喜党軽工業部長や崔龍海氏らと共に大将の階級まで与えられた。これを例に取っても、金総書記の金京玉第一副部長への信任がいかに厚かったかがわかる。

 金正恩体制発足後も黒子に徹し、崔龍海氏が部長に就任するまで党の要である組織指導部を仕切っていた。黄炳誓第一副部長ともども代議員の肩書を外された理由は不明だ。

 なお、ミサイル4人組である。李炳哲党軍需工業部第一副部長(71歳)、金正植同副部長(年齢不詳)、張昌河同副部長(年齢不詳)、それに金洛謙戦略軍司令官(陸軍大将)のうち李炳哲第一副部長と張昌河副部長の両名が代議員に選出されていた。

 李炳哲第一副部長は党のミサイル開発の総指揮者であり、2017年に副部長に抜擢された張昌河氏は2014年から国防科学院の前身である第二自然科学院長の座にあった。約3千人のミサイルエンジニアを含む1万5千人を率い、武器体系の研究開発を主導していた。

 代議員になれなかった金正植副部長は2012年に宇宙開発局の前身である宇宙空間技術委員会所属で、2012年の二度にわたるテポドン発射に関与した人物である。中将の階級も与えられ、準ICBMと称される「火星12号」の際には軍服を着て、現れていた。

 なお、今回の選挙での最大の謎は金正恩委員長が再選を果たしたかどうか、不明なことだ。仮に、立候補しなかったとすれば、最高指導者が代議員にならなかったのは史上初めてのことで、1か月後に召集される最高人民会議での組織改編と人事が注目されることになる。



2019年3月10日(日)

「人工衛星」の発射ならば、不意ではなく、必ず事前通告がある!

棒で刺した場所が東倉里の「衛星発射場」、その左側の茶色の建物が「総合指揮所」(写真:ロイター/アフロ)


 韓国情報機関・国家情報院が5日、北朝鮮が平安北道鉄山郡・東倉里のミサイル発射場の解体施設のうち一部を復旧しており、山陰洞のミサイル総合研究団地でも「物資運送用車両の活動が確認された」と報告したのに続き、韓国国防部も7日、ミサイル発射場と平壌郊外の山陰洞にあるミサイル総合研究団地の動きを「注視している」ことを明らかにした。

 国防部の報道官は北朝鮮の意図について問われ「把握していることはあるが、話せない」と述べていたが、米CNNは8日、ミドルベリー国際大学院モントレー校東アジア核不拡散プロジェクトトップのジェフリー・ルイス氏の分析として衛星ロケット打ち上げの準備が進んでいると伝えていた。

 人工衛星ならば、1998年を例外として、北朝鮮から必ず事前予告があるはずだ。国際民間航空機構(ICAO)や国際海事機構(IMO)、国際電気通信連合(ITU)にも事前通告がある。

 北朝鮮は人工衛星と称している「光明星」を1998年8月31日の発射を含め過去6回打ち上げているが、2009年からの4回はいずれも発射前に事前予告していた。

 金正日政権下の2009年4月5日に発射された「光明星2号」は朝鮮宇宙空間技術委員会が2月24日に東海衛星発射場で「人工衛星打ち上げの準備を行っている」と発表し、早くも3月13日には「4月4−8日の間に人工衛星を打ち上げる」とICAOとIMOに通告していた。そして発射前日の4月4日に朝鮮宇宙空間技術委員会は「間もなく発射する」と発表して、打ち上げていた。

 外国からマスコミを招請し、鳴り物入りで宣伝しながら失敗に終わった2012年4月13日の「光明星3号」もまた、宇宙空間技術委員会が3月16日に「4月12−16日の間に発射」と予告していた。 さらに再度トライした同年12月12日の発射も12月1日に朝鮮宇宙空間技術委員会が「12月10〜22日の間に発射する」と発表していた。

 直近の2016年2月7日の「光明星4号」も2月2日に「8−25日の間に発射する」とITUに通告していた。しかし、この時は、6日になって「7−14日に」に変更すると通告し、予告開始日の7日に発射していた。いずれにせよ最初の予告から5日目の発射であった。

 米国による迎撃を恐れてか、回数を重ねる度に予告から発射までの時間が短縮されているものの仮に北朝鮮が人工衛星を発射するならば必ず宇宙空間技術委員会の名による予告があるはずだ。

 本当に発射を計画しているならば、早ければ4月10日に開催される最高人民会議と15日の金日成主席の生誕日の間、あるいは4月25日の朝鮮人民革命軍創建日前あたりの可能性も考えられる。

 北朝鮮は「光明星」を2006年(7月5日)、2009年(4月5日)、2012年(4月13日と12月12日)、2016年(2月7日)とほぼ「3年スパン」で行っており、このうち2回は4月だった。



2019年3月9日(土)

米国への牽制? それとも本当に発射? 世界の耳目は「東倉里」に!

復旧した「西海衛星発射場」(写真:ロイター/アフロ)


 北朝鮮が廃棄を約束していた平安北道鉄山郡の東倉里ミサイル発射施設「西海衛星発射場」の復旧が急速に進み、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は7日、「正常な稼働状況」に戻ったと分析している。また、ミサイル製造施設である平壌山陰洞ミサイル総合研究団地でも物資運送用車両の活動が韓国の情報機関によって確認されている。

 北朝鮮は昨年4月20日に党中央委員総会を開き、核実験と中長距離弾ミサイル及び大陸間弾道ロケット試験発射の中止を宣言し、金正恩委員長自身もシンガポールでの初の米朝首脳会談でトランプ大統領に東倉里施設の解体を約束していた。また、3か月後に平壌で行われた文在寅大統領との首脳会談でも「東倉里のエンジン試験場とミサイル発射台を関係国専門家の立ち会いの下に永久に廃棄する」と約束していた。さらに、今回のベトナムでのトランプ大統領との二度目の首脳会談でも「大陸間弾道ミサイルを発射しない」と確約していた。

 国際社会への、米韓首脳への約束を破れば、その代償が高いことは金委員長自身が誰よりも知っているはずだ。それだけにリスクを冒す可能性は極めて低いが、唯一、気になるのは合意破棄覚悟の上で過去に発射した「前科」があることだ。今から7年前の2012年4月13日の発射がそれだ。

 建国の父・金日成主席の生誕100周年(4月12日)の翌日に 北朝鮮は人工衛星「光明星3号」を打ち上げたが、その約1か月半前の2月29日に北朝鮮はオバマ前政権との間で以下のような合意を交わしていた。

 「米朝は関係改善の努力の一環として信頼醸成措置を同時に講じることで合意する」

 米国は信頼醸成措置として▲北朝鮮をこれ以上敵対視せず、自主権尊重と平等の精神で両国の関係を改善する準備ができていることを再確認する▲米国は文化、教育、スポーツなど各分野で人的交流拡大の措置を講じる意思を表明する▲北朝鮮に24万トンの栄養食品を提供し、追加の食糧支援を実現するために努力する▲対北朝鮮制裁が人民生活など民需分野を狙わないことを表明する▲6者会談が始まれば、制裁解除と軽水炉提供を優先的に論議することを約束した。

 一方の北朝鮮も米朝高位級会談に肯定的な雰囲気を維持するため実りある会談が行われる期間▲核実験と長距離ミサイルの発射を行わない▲寧辺のウラン濃縮活動を臨時停止し、国際原子力機関(IAEA)の監視を受け入れることを確約していた。

 しかし、北朝鮮はこの「2.29合意」を無視し、発射を強行した。「停止を約束したのはミサイルであって、人工衛星ではない」と抗弁したが、仮に衛星打ち上げのロケットであっても国連安保理決議は「弾道ミサイル技術を使用した発射をこれ以上実施しない」ことを要求していたので明かに決議違反だった。

 オバマ政権は北朝鮮の合意破りを非難したが、北朝鮮は「国際法で公認された宇宙利用の権利である」「6か国協議共同声明には人工衛星を発射してはならないとの合意はない」「平和的な衛星打ち上げは米朝合意とは別問題である」等と反論し、合意の破綻を意に介さなかった。結局、米朝合意は破棄され、栄養食品の支援も見送られた。

 金正恩委員長は2016年2月に「光明星4号」が発射された際に「実用衛星をもっと多く発射せよ」と指示し、この指示を受けた北朝鮮の国家宇宙開発局(NADA)は7か月後には推進力を3倍に増やした新型の停止衛星運搬ロケット用大出力エンジンを開発し、その地上噴出実験を成功させている。

 北朝鮮が最後に発射した2017年12月27日の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15型」は全長22メートル、2段式であるのに比べて「光明星」は全長30メートル、3段式で一回りも、二回りも規模が大きい。

 当時、米航空宇宙研究機関の「エアロスペース」は「38ノース」への寄稿文で「北朝鮮が公開したエンジンは小型無人用探索装備を発射するには十分だ。停止軌道に通信衛星など多様な低高度偵察衛星を発射するのに適している」と解析していた。また、ロシアの政府系メディアも2017年11月に訪朝したロシアの軍事専門家のコメントとして「北朝鮮は数メートルの解像度を持つ重さ100キロ以上の地球観測衛星1基と静止軌道に投入する数トン以上の通信衛星1基の開発をほぼ完了した」と伝えていた。

 北朝鮮の党機関誌・労働新聞は2017年12月25日付の「国家宇宙開発5か年計画」に関する記事の中で「平和的宇宙開発を一層推進し、広大な宇宙を征服していく」と、今後も開発研究を進めていく意思を明確にしていた。労働新聞が「宇宙開発の権利」を主張する記事を掲載したのは2017年12月の1か月だけで計3回。人工衛星の研究・開発が金正恩政権の重要な国策の一つであることがわかる。

 「宇宙開発は我々の自主権の権利行使である」との立場に立つ北朝鮮は国際社会が批判しようが、安保理が制裁を掛けようが、中国が説得しようが、これまで人工衛星の開発、発射を中断することはなかった。

 しかし、仮に金委員長がシンガポールでの首脳会談でトランプ大統領に人工衛星発射場と称している東倉里の「西海衛星発射場」の解体、閉鎖に同意したならば、人工衛星の開発計画も断念、放棄したことになる。

 今回のベトナムでの首脳会談で北朝鮮は制裁解除の見返りとして核実験と大陸間弾道ミサイルの試験発射を永久的に破棄することを文書で確約し、提出することを申し出たが、濃縮ウラン施設の破棄を最優先した米国が受け取らなかったことで北朝鮮が「人工衛星」を大義名分に発射に踏み切る可能性も決してゼロではない。

 米国から譲歩を引き出すための単なる牽制なのか、それとも、本当に発射を再開する気なのか、世界の耳目は東倉里に向けられている。



2019年2月24日(日)

米朝首脳会談を前に金正恩―ポンペオ会談に同席した元CIA高官の「金正恩評」

平壌での金正恩―ポンペオ会談に同席したキム氏(後ろ向きの白髪)(労働新聞)


 ベトナムでの第2回米朝首脳会談を前にパイプ役として首脳会談をお膳立てしたアンドリュー・キム前コリア・ミッションセンター長が今月22日、ウォルター・H・ショレンスティン・アジア太平洋研究センターで講演し、金正恩委員長の印象について、また二度目の米朝首脳会談の見通しについて興味深い発言を行っていた。

 アンドリュー・キム氏はCIAのソウル支局長兼アジア太平洋地域責任者(次官級)を長年務めた後、昨年12月までCIAが設立した北朝鮮情報を総轄する特別組織「コリア・ミッションセンター」(職員600〜700人)のトップの座にあった。

 韓国の鄭義溶国家安全保障室長とは縁戚関係にあり、また韓国の情報機関・国家情報院の徐薫院長とはソウル高の同窓生でもある。センター退任後、上記研究所の客員研究員になっている。ポンペオ国務長官の4度の訪朝に全て同行し、金委員長との会談にも同席している。

 CIAの要人が退任から間もないのに世界中の注目を集めている米朝会談の舞台裏や金正恩委員長の印象について語るのは極めて異例で、それだけに注目せざるを得ない。以下、彼の講演から注目すべき発言をピックアップしてみる。

 金正恩委員長について

 「金委員長は魅力的な人物だ。本当に核心を突き、技術的にも非常に精通しているし、本当に肯定的な方式でモノが言える人物だった。父親の金正日総書記と比べると、交渉相手としては金正恩委員長のほうがましだ。二人を比べるならば、問題(核問題)の解決相手としては父親よりも息子を取る。直ぐに本論に入ろうとしない人よりも、コントロールし、リスクを冒してでも肯定的に物事を考える人と仕事をしたい。」

 金委員長の非核化の意志について

 「金委員長は『私も父親でもあり夫でもある。私にも子供らがいる。私は子供らが核を持ったまま生涯生きることを望んでいない』と言っていた。私がみたところ、彼は本当に米国との関係改善に強い熱望を持っていた。まさにそれが、彼の国を繁栄に導き、体制安全を増進する唯一の道である」

 「必要なものを得るために核を放棄しなければならないという金委員長の主張に全ての人が同意しているわけではないが、金委員長はそうした人たちをコントロールしようと努めている」

 「金委員長は昨年、人民により良い生活と経済の繁栄を約束した。北朝鮮の人民の大多数が彼の関与政策を歓迎、支持しているようだ。人民の大多数が経済に力点を置いた金委員長の政策の変更に満足することになるだろう」

 金委員長の対米認識について

 「北朝鮮は終戦宣言の確保を望んでいる。また、核保有国として認めてもらいたがっている。最終的には米国と外交関係を樹立するため関係改善を望んでいる。北朝鮮は金氏家門の支配を引き続き担保するためにも長く持続できる平和メカニズムを望んでいるので北朝鮮もトランプ政権下で合意をしなければならないことをわかっている。というのも長く待ち過ぎたからだ。今後、どこに引っ張られるかわからないからだ。北朝鮮が今、合意を望み、それに集中している理由はトランプ政権が彼らを相手にしてくれている政権であると評価しているからだ。北朝鮮は米国の政治を非常に綿密に研究している。北朝鮮の連中らと交渉しているとワシントンでの政治動向についてよく知っていることに驚かされる」

 金委員長の対米不満について

 「金委員長は米国が彼らの努力を認めようとしないことに不満も述べていた。北朝鮮当局者らは『米国がこれまで取ってきた相応措置よりも我々の譲歩のほうがはるかに価値あるものだった』とか『米国は我々の措置を十分に認めようとはしない』と口をこぼしていた」

 第二回会談の展望について

 「私は預言者ではない。1回目の首脳会談よりも、2回目はより生産的なものになるだろう。北朝鮮は自らの努力が十分に認められてないとの挫折感を感じているが、望むだけ認められたければもう少しやらなければならない」

 「金正恩委員長は寧辺のプルトニウム生産施設を交渉のテーブルに上げる準備ができていると言っていた。米政府は寧辺の施設を閉鎖できれば北朝鮮の核兵器生産能力を著しく減少できるとみている。米国は北朝鮮に経済制裁の緩和と軍事関係の開放、朝鮮戦争を終息させる平和協定締結など核放棄への相応措置を取る用意がある。交渉がうまく行けば、これらすべてを手にすることができるだろう」

 なお、アンドリュー・キム氏は完全なる非核化のロードマップに関連して、北朝鮮による核・ミサイルの持続的な実験中止を出発点にして米国が北朝鮮に対して▲核関連の包括的申告と専門家による視察▲核ミサイル及び核物質の放棄▲北朝鮮のNPT(核拡散禁止条約)への復帰を求めていることを明らかにした。

 その見返りとして米国が与える相応措置は経済、政治、安保の三つのインセンティブに分類されており、経済面では▲人道支援▲北朝鮮銀行と国際金融機関との取引規制緩和▲北朝鮮輸出品の輸入制裁の緩和▲北朝鮮経済特区でのジョイントベンチャーの制裁免除を挙げている。

 政治面では▲旅行禁止国からの解除▲連絡事務所の設置▲オーケストラ公演など文化交流の開始▲金ファミリー及び高官らに対するブラックリストの解除▲テロ支援国再指定からの解除などを検討している。

 安全保障では▲終戦宣言への署名▲米朝軍事協力(military to military engagement)▲平和協定の締結及び外交関係の樹立をインセンティブとして提供する用意があることを明かしていた。



2019年2月22日(金)

悪化の一途を辿る日韓関係和解の「処方箋」

竹島を巡回する韓国海洋警察(写真:ロイター/アフロ)


 今日22日は日本にとっては「竹島の日」である。竹島は歴史的にも国際法的にも日本の固有の領土であることを内外にアピールする日でもある。それだけに「独島=竹島」は「我が領土」と主張する韓国側の反発は必至だ。

 「慰安婦問題」「徴用工問題」「レーダー照射問題」の三つの難題にもう一つ、それも最も過敏な「領土問題」が加わることになるが、日韓の政治家らは悪化の一途を辿る日韓関係を一体、今後どう軌道修正しようとしているのだろうか。

 朴正煕政権が1979年に崩壊した後、全斗煥、盧泰愚、金泳三、金大中、盧武鉉、李明博、朴槿恵そして今の文在寅と韓国では大統領が8人も代わった。日本も大平正芳以降、今の安倍晋三まで総理が20人も交代した。そして、韓国では政権が交代する度に「過去」の問題、「謝罪」議論が沸騰し、その度に日韓の指導者らは「未来志向の関係」を口にする。しかし、現実には過去の呪縛に囚われたままで日韓関係は一向に良くならない。「不治の病」に冒されたかのような日韓関係の病原を探る「診断」もなければ「処方箋」もみつからない。

 いつだったか、日韓のいがみあいを精神分析した本を読んだことがあった。日韓のいがいみあいを古代から徹底的に解明することで、歪んだ両国の関係を矯正し、「嫌韓反日」の無意味さを衝く日韓の二人の学者の対談本「日韓 いがみあいの精神分析」(岸田秀・金両基著)である。

 本書は三部構成から成っていたが、第一部の「大和朝廷は百済の亡命政権である」では、神話の世界から日本と朝鮮半島の誕生のルーツ、さらには宗教観にまで踏み込むことで日韓のナショナリズムやアイデンティティの相違を炙り出していた。

 また、第二部の「大和魂を生んだのは朝鮮通信使である」は豊臣秀吉の朝鮮出兵から徳川幕府、明治維新における関係について触れていたが、ここでは「文を尊ぶ韓国」と「武を尊ぶ日本」との違いが浮き彫りにされていた。日韓が表裏の歴史を共有していることを改めて思い知らされた。

 加害者であっても、被害者であっても、歴史的事実を確認することが極めて重要であり、歴史認識を共有してこそ、ナショナリズムの喧嘩を回避できると著者らは指摘していた。

 日韓間では「過去の問題」が噴出する度に韓国人は「日本人は歴史を知らなすぎる」と、逆に日本人は「韓国人は過去にこだわりすぎる」と言い合ってきた。こうした現象が生まれるのは、韓国の教科書が日韓関係を多く取り上げているのに対して日本の教科書がヨーロッパ中心観、中国中心観のため韓国との関係を対外関係の一部として扱い、量的にも韓国に比べて少ないことも一因のようだ。

 お互いに寛大になることが必要だと思う。自分の物差し、定義に当てはめようとすると、どうしてもそこに誤解が生じ、摩擦が起き、いがみ合う。それだけにお互いの物差しの尺度が違うことを知ることが最も大切なことではないだろうか。

 日本と韓国は民族も言語も風習も違う、食文化においてもキムチと沢庵に象徴される違いがある。お互いの違いを認めることが隣人として付き合っていくコツでもある。

 「嫌韓派」であれ、「反日派」であれ、日本人であれ、韓国人であれ、隣人を正しく知ることが唯一の「処方箋」である。



2019年2月20日(水)

何年経っても日本政府が「竹島」領土問題をICJに提訴できない理由

「竹島の日」に抗議するソウルでの「反日デモ」(写真:ロイター/アフロ)


  「竹島の日」(2月22日)を前に再び日韓周辺が騒がしくなってきた。

 「竹島=韓国名:独島」の領有権を島根県と競っている韓国の慶尚北道知事は島根県主催の記念行事を非難する声明を発表するようだ。竹島への出港地である鬱陵島道洞は道民による糾弾決意大会を開くとの報道もある。

 日本は日本で数年前から韓国による竹島周辺での採泥など海底調査活動が行われていたことが明らかになったことでいきり立っている。今月15日にも韓国海洋調査船が竹島周辺海域を航行したことにも「受け入れられない」と抗議したばかりだ。日本からすれば、韓国の竹島を巡る一連の動きは目に余るようだ。

 韓国は昨年だけでも8月と11月に海洋調査船を使って海洋調査を実施している。これに留まらず、韓国の国立海洋調査院も昨年3月から11月にかけて無人観測機器を使って海洋調査を実施している。

 さらに、6月と12月には再三にわたる日本の警告を無視し、海上自衛隊のP1哨戒機に火器管制レーダー照射をしたことで知られる駆逐艦(クァンケトテワン艦)などを繰り出し、海軍と海兵隊及び海上警察合同による「独島防御訓練」を実施している。

 訓練の目的は「外部勢力の独島上陸を阻止する」ことにあるが、この「外部勢力」が領有権を競っている日本を指すことは自明だ。これに加え、10月には国防委員会所属議員らが超党派で竹島に上陸している。自制を求めても、再発阻止を求めても、ことこの領土問題では韓国は全く効く耳を持たない。日本の苛立ちが半端でないことがわかる。

 本来ならば、対抗手段として、目には目で、同じことをやることも可能だが、韓国側との「衝突」を覚悟しなければできることではない。

 実際に2006年に日本も竹島周辺海域で海洋調査を実施しようとして日本の海上保安庁と韓国海洋警察隊による睨み合いがあった。当時官房長官だった安倍総理はこの時の状況について「銃撃戦が起きる寸前だった」と回顧していた。

 日本政府はこの「竹島問題」でも「徴用工問題」と同様に国際司法裁判所(ICJ)での決着を再三チラつかせてきた。

 その一例として、安倍総理は2014年、国会での答弁(1月30日)で国際司法裁判所への単独提訴を検討し、「準備を進めている」と発言していた。

 単独であれ、韓国との共同であれ、ICJへの提訴の動きはその前の民主党の野田政権下でもあった。

 李明博大統領(当時)が2012年8月10日に竹島に上陸したことに反発し、この年の8月21日に共同提訴を求める外交書簡を送っていた。韓国政府に蹴られることを承知の上での措置だった。案の定、韓国政府が日本の提案を拒否すると、一転単独提訴に切り替え、この年の10月にはICJに単独提訴する方向で調整に入っていた。

 この時からすでに7年近くも経過している。準備完了のはずだ。安倍総理は5年前に「種々の情勢を総合的に判断して適切に対応する」と時期については具体的に言及しなかったが、一体、いつになったら「適切に対応」するのだろうか。

 もちろん、日本政府が単独で訴訟を起こしたとしても、韓国政府が応じなければ裁判は開けない。但し、提訴すれば、ICJは強制管轄権を行使し、韓国に対して裁判への出席を強制できる。それでも「日本との間には解決すべき紛争はない」との理由で韓国が拒みつづければ、裁判はいつまで経っても開けない。国際法上、提訴された側の韓国が同意しなければ、裁判は開けないことになっているからだ。

 韓国は国際裁判所での決着を毛頭考えていない。日本政府が実効支配している尖閣諸島をICJで解決する考えがないのと全く同じ立場で、誰が大統領になっても「日本との間には領土問題は存在しない」とのスタンスが変わることはない。それでも、日本がダメもとで提訴するのはそれなりの狙いがあってのことだろう。

 一つは、国際社会に韓国との間に領土問題が存在することを印象付けることができる。

 次に、韓国と争っている領土問題を平和的に解決する努力をしていることをアピールすることができる。

 三つ目に、日本が国際法の遵守を強調することで、韓国にICJの強制管轄権を受託するよう圧力を掛けることができる。

 最後に、仮に竹島をめぐり紛争が起きたとしても、あるいは日本が実力行使に訴えたとしても、すべての責任はICJで黒白を付けようとしなかった韓国にあることを正当化することができる。

 その一方で、単独提訴には幾つかのリスクが伴う。

 一つは、韓国側の一層の反発を招き、竹島の韓国の「実効支配」をさらに強めることになりかねない。

 次に、尖閣諸島への対応との矛盾、二重基準を国際社会から問題視される恐れがある。「中国との間に領土問題は存在しない」との立場からICJでの解決を全く考えていないのにその一方で韓国との間には「存在する」として一方的に提訴するのはダブルスタンダードとの批判を招きかねない。

 さらに、尖閣諸島では国際社会に「現状の維持」を訴えながら、竹島では「現状の変更」を求めるのはこれまた矛盾しているとの批判を国際社会から浴びかねない。「竹島」で騒げば騒ぐほど、その反動で「尖閣」がクローズアップされるというデメリットもある。

 最後に、同盟国・米国の反発を招く恐れがあることだ。

 ICJ提訴の動きが野田政権下で表面化した時、訪韓したジェイムズ・スタインバーグ国務副長官は竹島問題について「ICJなど国際メカニズムを通じて問題を解決するのは正しい方法ではない」と反対していた。「尖閣」も「竹島」も現状維持が望ましいというのが米国の立場である。安倍総理がICJに提訴すれば、日韓の良好な関係こそが米国の戦略的国益とみなす米国を失望させることになりかねない。

 揺るぎない日米同盟関係を標榜している安倍総理にICJへの提訴が果たしてできるのだろうか?



2019年2月18日(月)

金正恩委員長のベトナム入りは専用機、専用列車、それとも北京から?

ベトナムの飛行機で2012年に公式訪問した金永南常任委員長(朝鮮中央通信)


 第2回米朝首脳会談は今月27日から1泊2日の日程でベトナムの首都・ハノイで開催されるが、18日午前現在、北朝鮮は依然として開催日時と場所について沈黙している。

 昨年の1回目の首脳会談(6月12日)の時は5月26日に板門店の北側エリアで行われた2度目の南北首脳会談に関する報道の中で「6月12日に予定されている」と言及していたことを考えると、不自然だ。

 すでに金正恩委員長の儀典を担当する側近の金昌善国務委員会部長らが開催地のベトナムに入って、米国のカウンターパートナーらと接触しているので、この期に及んでドタキャンはないとは思われるが、会談まで10日を切っているだけにもうそろそろ発表があっても良さそうなものだ。

 確かに訪中に限っては、父親の金正日総書記の時も含めてほとんど事前予告なく電撃的に行われているが、ロシアなどその他の国を訪問する場合には必ず事前公示があった。

 例えば、金正日総書記が2001年7月にロシアを公式訪問した際には出発(28日)2日前に「間もなく訪問する」との事前発表があった。また、翌年の2002年にも8月にウラジオストークを公式訪問していたが、出発(20日)一週間前に「8月下旬に訪問する」との公式報道があった。事前発表なく、ベトナム訪問となれば、ベトナムはロシアとは違い、共産国であることから中国と同様の扱いをしているのかもしれない。

 もう一つ気になるのは、ベトナムに入る移動手段である。

 専用機(旧ソ連製のイリューシン62の改造型)を利用するのか、それともシンガポールの時と同様に中国の飛行機を借りるのか、あるいは専用列車を利用して陸路で入るのか、これまた関心の的だ。

 平壌〜ハノイ間は平壌〜シンガポール(4,700km)よりも距離的に2、000kmも近い2,760kmであることから今回は専用機を利用する可能性が高い。すでに昨年5月の2度目の訪中の時に大連まで専用機を利用しているので、安全面でもテスト済である。

 しかし、それでも、不安が付きまとうならば、専用列車を利用する可能性も考えられなくもない。実際に祖父の金日成主席は58年、64年と二度ベトナムを公式訪問しているが、いずれも列車を利用していた。前例に従えば、列車使用の可能性もゼロではない。

 平壌からハノイまで飛行機ならば4時間で済むが、列車で移動となると、北京を経由してベトナムに入るのでこの場合、最低でも2日間はかかる。

 仮に列車を利用するならば、今回はベトナム公式訪問も兼ねており、25日にはハノイでベトナムの最高指導者との公式会談がセットされているので、遅くとも今週週末(23日前後)に出発しなければならない。

 もう一つの移動手段としては、可能性はほぼゼロに違いが、列車で北京まで行き、そこからベトナムの飛行機を利用する手段もある。

 憲法上の国家元首である金永南最高人民会議常任委員長は2012年8月にベトナムを公式訪問した際には北京からベトナム機を利用して訪問していた。しかし、金常任委員長が搭乗したベトナムの飛行機はベトナム政府が金常任委員長のため差し回したチャーター便ではなく、一般客が利用する民間機であった。

 北京から中国の飛行機をチャーターしてのベトナム入りも考えられなくもないが、一度ならず、二度もとなれば、自尊心や面子の問題もあるだけに空路の場合は今回は自身の専用機「チャムメ(大鷹)1号」でベトナム入りするのではないだろうか。



2018年12月18日(火)

日韓条約の当事者が語る「原爆投下」「請求権問題」そして「慰安婦問題」

 NHKの紅白歌合戦の出場が見送られるなど物議を醸している韓国人気アイドルグループ「BTS」(防弾少年団)メンバーの一人が着用した「原爆投下シャツ」は韓国では「祖国解放=光復」を記念するTシャツとして韓国の若者の間では知られているのは日本にとっては驚きだが、韓国では決して驚くべきことではない。

 「原爆投下イコール解放」は一般韓国人の平均的感覚である。現に、今から53年前、日韓国交正常化交渉をまとめた「大平・金メモ」の当事者である故・金鍾泌元首相も当時池田隼人首相(当時)に以下のように話していた

 「日本は広島、長崎に2発原爆を落とされた。不幸なことだ。歴史には栄辱、裏表がある。表の方は原爆で日本が大変な犠牲を強いられたけど、裏の方では次のようなことが言えるのでは。ヤルタ会談で米国が早く戦争を終わらせようと、また米国の犠牲を少なくしようとの願いでソ連を太平洋戦争に引き込み、原爆を投下した。原爆が落とされてなかったら、日本はもうちょっと戦っただろう。その場合、北方四島ぐらいでは済まなかったと思う。北海道に上陸しただろう。仮にロシアは北海道を占領したら、返還することはないだろう。おそらく、今の北朝鮮のような状況、朝鮮半島の南北分断のような不幸なことが日本列島でもあり得たかもしれない。日本が原子爆弾でボツダム宣言を受託し、戦争が終わり、北方領土ぐらいで済んだということだ」

 金元首相は今年6月に死去したが、この発言は日本による朝鮮半島植民地統治を制定した「日韓保護条約」締結から100年となる2005年1月、来日し、四国・高知で開催された日韓親善協会での講演で発した言葉だ。

 なお、「徴用工問題」で俄かにクローズアップされた請求権問題ついても触れているが、金元首相曰く「請求権というと日本人はちょっと抵抗感を感じるので、経済協力と言うふうにしたらどうかと言うたんです。『大平・金メモ』は公式文書ではないので、私は韓国に戻って国会で報告するときは請求権について話し合ったと言うことにするが、貴方は韓国に対する経済協力について話し合ったと報告すれば良い。それで終わったのです。これが『大平・金メモ』の真相です」

  2005年の年は折しも国交正常化40周年と重なったこともあって金元総理は渡辺恒雄・読売新聞会長(当時)の招きで6月に再来日し、経団連で中曽根康弘元総理ら日本の政治家、官僚、財界人及び言論人ら1千人を前に日韓国交記念講演を行い、日韓交渉時を回顧した際、慰安婦問題についても以下のように触れていた。

  「慰安婦問題は歴史的に重要な問題ではあるが、日韓交渉では討議されなかった。1951年から65年まで14年間、会談が行われたが、一度も議題には上がらなかった。私が1962年11月に大平外相と請求権交渉をした時もこの話はしなかった。この問題を知らなかったわけでもなかったし、日本の過ちを見逃すつもりもなかった。当時、我が社会の暗黙的雰囲気があった。戦前、慰安婦らは惨憺たる戦場を転々としながら人間以下の最低の奈落に陥り、九死一生生き延び、帰国した人々だ。体も心も傷を負った人々だ。彼女らはまだ30代から40代前半と若かった。凄惨な苦労を背負いながらも辛うじて帰国し、結婚もし、子を産み、家庭も築いていた。彼女らの過去史や傷を持ち出すことは二重、三重に苦痛を与えることになるからだ」



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